第七話 マイノリティ

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   八月十九日(月) 剛田健介  如月と真里菜たんが席を外し、神楽先輩が外回りに出かけた時、まるでタイミングをはかったように林田部長がやってきた。 「さっきの話、いったん俺のところで止めておくから。だから、もう一晩だけ考え直してくれないか」 小声でそれだけ言うと、俺の返答も待たずに部長はそそくさと自席に戻った。そう、剛田健介、二十六歳、今朝、退職を決意して、林田部長にそれを伝えたのだ。  しばらくすると真里菜たんが戻ってきた。今日も可愛い……。そのハズだが、正直、もはやそれもよく分からない。  最近、急速にオトナの世界を知った俺の心は、もうすっかり荒れ果てていた。最初は良かった。良かったのだが、次第に何が良いのか分からなくなっていた。  俺はその柔らかい「いろいろ」をこねくり回し、逆にこねくり回され、世界が何度もひっくり返るうちに、もうすっかり心の平衡感覚を見失っていた。そんな状況だ、まともに仕事ができるハズもなく、こうして今日、これ以上周囲に迷惑をかける前に、意を決したのである。  真里菜たんの後に、青い顔をした如月が戻って来て、俺の目の前の自席に着いた。きっとコイツも何かと辛いんだろう。先週の三星化学倒産の件もある……。  思えば、最初は嫌なヤツだったけれど、苦しい時、コイツには色々と助けられた。なぜかキツい時には寄り添って、相談に乗ってくれた。金銭的に厳しい時には、俺の狂った金遣いを諫め、止めてくれた。  そうだ、最後くらい、一度くらい、コイツ、如月とサシ飲みをしてみても良いかもな……。最後くらい、落ち込む如月を慰めて、それで立つ鳥跡を濁さずだ。それで良い。そんな事を思って、如月に声をかけてみた。 「よう、如月、今晩、一杯どうだ?」 如月は驚いた様子だったが、力なく 「ああ、いいね、行こうか」 と答えた。これは相当参っているに違いない。そう践んだ。
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