37人が本棚に入れています
本棚に追加
「逃げじゃない!」
「逃げじゃないんだ……。逃げじゃ……」
そこで剛田は黙り込んだ。少しの間を空けて、言葉を選ぶように続けた。
「俺は、俺自身を変える! その為に必要なんだ! そう、全てを捨てる!」
全てを捨てる、その言葉が俺の胸に突き刺さった。
「全てを捨てる? そんな必要あるか?」
マリちゃん、リンちゃん、全てを捨てる……。そんな事、俺にはできっこなかった。
「クソがつくほどに生真面目で、暑苦しいほどに情熱的で、嫌みなほどに合理的な、そんなかつてのお前の良いところ、それも捨てるって言うのか?」
言ってから気が付いたが、俺は剛田を褒めていた。常に俺と対極の位置にいた、憎き剛田……。心の底では、そんなアイツに嫉妬していたのかもしれない。剛田はお猪口に目線を落とした。するとその目から一筋の涙が静かにこぼれた。
「俺、考え直すよ! ありがとう如月!」
すると、感極まった剛田がお座敷の席で立ち上がり、素早く俺の元に近づき、その厚い胸板と逞しい豪腕で俺をキツく抱きしめた。
「俺、今日はもっと酔いたい気分かも……」
最初のコメントを投稿しよう!