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次男は、話し始めるのはがちょっと遅めの子供だった。
大人しい性格もあったのだろう。文字は読めているし話も通じているが、ママもパパもにいにもすぐに喋らなかった子である。立ち上がるのも歩くのも早かったのに、と当時は少し心配したものだ。
そして、喋るようになってからもたどたどしい時期が長かった。四歳になっても、あまり流暢にものを喋ることはなかったのである。
なお、その頃のことを覚えている本人によると、“話すのがなんかめんどくさかった”とのこと。――こっちの心配を返せコノヤロウ、と思ったのは此処だけの話である。
さて、そんな次男はといえば。
ある時を境に、私に“話しかけてくる”機会は大幅に増えたのだった。特に、何か特別なものを見つけたり、面白いものを見つけた時はよく私にそれを報告したがったのである。
「まま、あんね」
その日も、まさにそうだった。
「おやま、おやまあった。Bくんち」
「お山?」
「うん。おやまね、あった」
私は首を傾げた。次男が長男と一緒に例のマンションに遊びにいくのは珍しくない。もう何回も、それこそなん十回も遊びに行ったはず。それなのに、今日初めて知ったかのように“お山があった”と報告してくる理由はなんなのだろう。
窓の外から山が見えたとか、そういうことだろうか?
「そうなの。面白かった?」
「うん。へんだった」
「ああ、そうなのー」
その時は、適当に話を合わせたが、私は何のことだかちんぷんかんぷんだった。そこで、一緒に遊びにいったはずの長男に話を聞いたのだが。
「え?あの家、確かに高層階だけど山なんか見えたかなあ。窓の向こう、ずーっと町しか見えないし」
彼は私の話を聞いてきょとんとしている。
「山ってなんだろ?……あ、ごめん俺、今日Aとずっとゲームしてたから、あいつがどういう遊びしてたのかとか見てない。あの家、マンションだけどすげー広いからさ。俺達ずっとリビングにいたんだけど、なんか廊下の奥の部屋の方で遊んでるなーってことくらいしか、知らない。電車の本持ってたから、それ読んでたんじゃないかなって思うけど」
「じゃあ、電車の本の中に山でも出てきたのかしらね」
「じゃないか?ほら、電車って山の中通るやつ多いし。あいつ電車好きだし。……つか、あんまり喋るの得意じゃないのに、山手線の駅の名前は覚えつつあるんだけどマジなんなんだろうな」
「……まじ?」
好きこそものの上手なれとは本当にあるらしい。今度クイズでも出してあげようか、と思った私である。
そのため、山がなんなのか?なんて疑問はすぐに飛んでしまったのだった。何か危ないことがあるわけでもない。ひょっとしたら全然別のモノを山と称しただけかもしれないし、友達から山の話でも聞いただけかもしれない。
深く追求するだけ野暮だろう、と考えたのだ。
よく考えたら、新鮮なものほど報告したがる次男である。それまでなかったものがそこに出現したからこそ話していた可能性が高かったわけだが。
「あのね、きょう、でんちゃみた。でんちゃ、きいろいしんかんせん、みれる?」
「黄色の新幹線?ドクターイエロー?」
「うん!どくたーいえろー!」
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