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「姫野ってさ、ぶっちゃけ名前ガチャ失敗じゃね?」
クラスの男子が教室で話しているのを姫野美玲は黙って聞いていた。手の中にある文庫本は昼休みが始まってからずっと同じページのままだ。
「正直泥谷の方が姫野って感じするもんな」
教室に漂う陰鬱でじっとりとした空気が美玲の背中に汗染みをつくった。
泥谷かおり。その名前が出るや否や、男子たちは分かりやすく色めき立った。クラスのマドンナ的存在の泥谷かおりは誰もが認める美人。顔に並んだパーツは黄金比で、とくに少女漫画のような大きな丸い目は光を吸いこむとより綺麗に輝いた。かおりは品行方正で教師からの評価も良く、風の噂で実家も金持ちだと聞いた。
そんな非の打ち所がない彼女の対極に位置するのが美玲だった。
コンプレックスの目は糸のような一重瞼。低い団子鼻には黒い毛穴が苺のように開いているし、思春期の肌はニキビまみれ。ぼてっとした品がない唇も、太く短い四肢も、全てが雲泥の差だった。
美玲は文庫本からそろそろと顔を上げる。窓際の一番前の席に座るかおりは今日もクラスメイトに囲まれ、輪の中心にいる。整ったその横顔を美玲は一番遠い場所にある後ろの席からじっと見つめていた。
もはや羨ましいとすら思わない。ゾーニングされた教室で、ただただかおりとの格差を受け入れるだけ。
▽
今日は珍しく漢字の小テストで満点をとった。それも満点は美玲だけだった。
普段なら帰路に着く足取りも軽いはずなのに、今日はいまいち心が晴れない。昼休みの男子の発言が棘となって未だに深いところに突き刺さっているみたいだ。
遠回りをしたのはそんな鬱屈した気持ちを少しでも解消するためだった。
人通りの少ない海沿いのバス停。
美玲はこの通りが好きだった。防波堤を歩きながら海を眺めていると、自分が漫画の主人公になったような気分になれる。
頬を撫でる潮風が心地よく、目を閉じる。
耳に伝わる波と風の音。それから少し遅れて「ゴトン」と何かが落ちるような音が遠くで聞こえた。
目をゆっくり開くと、少し先に赤い小さな箱が転がっているのが見えた。ここは見渡しの良い一直線の道……先ほどから歩いていたがあんなに目立つものを見落とすだろうか。
不思議に思いながら進んで行くと、道の脇に昭和レトロな赤いカプセルトイがお地蔵さんのように鎮座していた。
全面のクリアパネルに挟まれた台紙には安っぽいフォントで『あの子ガチャ』と表記されている。
「あの子、ガチャ……?」
美玲は目を瞬かせる。
その下には『1日1回!100円!』と書かれていた。
三百円がデフォルトになってきた時代で百円とは良心的な価格だ。
側面を覗き込むと、マシンの中にはカプセルがたくさん補充されていた。しかし肝心の中身までは見えない仕様になっている。
天秤にかかる懐疑心と好奇心。
ほんの少しだけ傾いた好奇心が美玲の躊躇う手を引いた。
美玲はコインケースから百円を一枚取り出すと、それを投入口に入れた。シルバーの回転レバーを回すと中のギアがガチャガチャと派手な音を立てる。
ゴトン、と鈍い音を鳴らしながらカプセルが落ちる。ここまではどこにでもある普通のカプセルトイと相違ない。
乳白色のカプセルを手に取り、まごつく両手で容器を開ける。かぽっと上蓋を外すと、中には安っぽいシルバーのチャームが入っていた。表面には目の刻印。フリーメイソン的なやつかなーとガッカリしながらひっくり返すと裏面の上部に、
『___の目が欲しい』
と掘ってあった。
美玲は眉を顰める。
おまじないだろうか。それしては妙ちきりんなチャームだ。目の刻印はもちろんだが名前を書き込む仕様になっているところなど不気味に思わせる箇所が多い。その禍々しさはむしろ黒魔術に近いのではとすら思う。
美玲は少し考えた後、筆箱から黒の油性マジックを取り出し、空いたスペースに『泥谷かおりの目が欲しい』と書き込んだ。
胸の鼓動が少し早くなる。
しかしいくら待っても魔法少女のようにシャララーンと変身するわけもなく、シーンと静まり返る空間に虚しい笑いが込み上げるだけだった。
「……はは、バカらし」
こんな子ども騙しのおまじないでどうにかなる問題ならばそもそも困っていない。美玲はチャームを制服のポケットに突っ込むと、通学鞄を肩に掛け直した。
重たい瞼を持ち上げ、赤いカプセルトイを見下ろす。
心なしか胸がすく思いがした。
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