あの子が欲しい

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 翌朝、美玲は鏡を見て小さい悲鳴を上げた。  そこに映っていたのはいつもの腫れぼったい目ではなく、幅の広い並行二重の目だったからだ。起き抜けとは思えない瞼の開き具合に、美玲はかじりつくように鏡を見つめた。 「うそうそうそ、えっ、やば……!」  美玲はしばらく鏡の中の自分から目を離せなかった。 「目だけでこんなに印象変わるんだ」  角度を変えて何度も現実を確認する。夢ではない。おまじないに乗せた強い自分の想いが理想を引き寄せたのだ。  高鳴る胸を押さえながらリビングに降りると、母がギョッとした顔で美玲を凝視した。 「あんたその目どうしたの?」 「ア……アイプチ。昨日の夜付けたまま寝たら癖がついちゃって。今学校でも流行ってるんだ」  昨日の出来事を馬鹿正直に話したところで鼻で笑われるだけだ。ならば隠し通す他ない。 「ふうん。よく分かんないけどあんまりやりすぎると瞼伸びちゃうわよ。確かのりでしょ?それ」  美玲は曖昧に笑って誤魔化す。  流行りものに疎い高齢の母はメイクのことにも関心がないようで、それ以上は深く突っ込んでこなかった。   ▽ 「姫野さん目どうしたの!?」  教室に入るなり、クラスメイトの女子たちが口を揃えて叫んだ。さすが目敏いな、と思いながら用意した言葉を頭の中で反芻し、躊躇いがちに口を開く。 「ア、アイプチ、と……マッサージ」  念には念をと叩き込んだ瞼のマッサージをすぐさま頭の中で再生する。 「えー! すごい! めっちゃぱっちりじゃん! 後で私たちにもやり方教えて!」  昨日の今日ということもあり、美玲が整形を疑われることはなかった。むしろすごいすごいとクラスメイトに囃し立てられ、今日はいつもとは違うリズムで心臓が鳴っていた。  窓際の一番前の席は珍しく無人だった。  泥谷かおりは、その日から学校を休むようにった。     放課後、息を切らしながら向かうのはもちろん例のバス停だった。 「あった!」  肩で息をしながらカプセルトイの前に立つ。まずは両手を合わせて「ありがとうございます」と拝む。それから百円をコインケースから取り出すと、今日は躊躇なく投入口に硬貨を差し込んだ。ふーっと唇を尖らせながら深呼吸をし回転レバーをぐるっと回す。  ゴトン、と音を立てて落ちたカプセルを美玲は素早く取り出した。 『___の髪が欲しい』  取り出したチャームにはなびく髪の刻印が彫られていた。 「髪……」  顎に手を当てて考える。  かおりの髪もキレイだが、いつか本人が「癖毛で毎日ヘアアイロンが欠かせない」とかなんとか言っていた気がする。  美玲はしばらく考えた後、閃いたようにマジックペンを走らせた。 『近藤(こんどう)奈々実(ななみ)の髪が欲しい』  隣のクラスの近藤奈々実は生まれつきのストレートヘア。小学生の頃同じスイミングスクールに通っていたので立証済みだ。塩素でごわごわになって広がる髪の毛をタオルで押さえながら、横目で奈々実のつやつやの髪を見つめていた夏の日をふと思い出し、悲しいような妬ましいような気持ちになる。 「欲しい……」  欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。  チャームを両手で握りしめながら祈るように目を瞑る。  その時、青々とした爽やかな風が髪を掬った。枝毛まみれの髪がはらはらと空に散り、次に目を開いた時には柔らかなダークブラウンの髪が肩から胸にかけて流れていた。 「う、うそ……!」  確かめるように、指の腹で何度も髪を撫でる。シルクのようななめらかな手触りが現実を伝えてくれる。頭の奥が興奮に似たものでビリビリと甘く痺れた。  美玲は恍惚とした顔でカプセルトイを見つめる。  おまじないでも黒魔術でもなんでもいい。これさえあれば、私は……  
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