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近藤奈々実はあれから学校に来ていない。
彼女たちの身に良からぬことが起きていることはなんとなく察しがついた。もちろん後ろ暗いことをしているという自覚もあった。
しかし興奮を抑えられない様子でカプセルを開く自分の姿はもう人ではない。獣なのだ。魅力的な餌を目の前にして欲を抑えるなんて出来る訳がない。そう、これは不可抗力。
放課後まで待ちきれない美玲は、朝いつもより早く家を出て学校に行く前にカプセルトイを回しに行くようになった。表記通り一度回すと翌日まで硬貨が投入できないようになっているので、寝ても覚めても頭はカプセルのことで埋め尽くされていた。
──ゴトン
いつしかこの音が一日の始まりを告げるものになっていた。
美玲はカプセルの中から出てきたチャームを握りしめ、胸の前でガッツポーズをつくる。
「やった!」
チャームには脚のイラストが刻印されている。朝陽を浴びて輝くそこには興奮で上気した美玲の顔が反射していた。
『三原遥香の脚が欲しい』
その名前を準備していたかのようにスラスラと裏面に書きこむ。
バレエを習っている遥香の白く長い脚。切望するほど欲しかった魅力的なパーツ。
美玲は形の良い目をゆっくりほそめた。
▽
「あのさ、ちょっといい?」
遥香の脚を手に入れた翌日、登校早々クラスメイトの植山愛に話しかけられた。美玲はブレザーのポケットに手を突っ込んだまま席から立ち上がった。隣の席の男子が、すらりと伸びた美玲の脚をちらりと横目で見る。
「かおりについてなんか知ってる?」
廊下の突きあたり、人気がないところで愛はそう言った。
愛とかおりは旧友で、家族ぐるみの付き合いらしい。そんな大切な存在が突然不登校になるなんて愛も気が気でないだろう。
「家に行っても顔を見られたくないって部屋から出てこないし…… 変なこと言うかもしれないけど、かおりが来なくなったの美玲ちゃんの目が変わってからなんだよね。その目、不自然過ぎるくらいかおりに似てて私ずっと気になってた」
核心をつかれたはずなのに、愛の言葉は耳をすり抜けた。
それよりも、愛のきめこまやかな白い肌の方に目が奪われる。ニキビも毛穴の黒ずみもない。剥き卵のような肌は理想そのもの。
「聞いてる? その目本当にアイプチなの?」
「愛ちゃん。肌きれいだね」
被せるように言うと、愛は「はあ?」と大きな声を出した。
「……欲しいな」
吐息混じりに呟いた声は愛に届いたか、届いていないか分からない。
まあ、別に分からなくてもいいや。
もう会うことはないんだし。
美玲は指先でポケットの中にあるチャームを弄った。にまりと笑う美玲を、愛は不気味なものでも見るような目で見つめていた。
翌朝、美玲の肌は生まれ変わり、愛は体調不良で学校を休んだ。
「あと一回」
「あと一回……」
「あと一回……!」
──ゴトン
血眼でカプセルを拾い上げる日々。
不自然にならないよう自分の素材を生かしつつ、美玲は他人のパーツを着々と奪っていった。欲求は加速してどんどん膨らみ、もう自分では制御が効かないところまできていた。増えていく空席を見るたびに胸が少し痛んだが、可愛くなっていく顔を見れば不思議と罪の意識も遠ざかっていった。
「なあ、あの子可愛くね? どこの高校だろ」
気付けば美玲の容姿は誰もが振り返るほど美しくなっていた。
街を歩けば異性の好意と同性の羨望が美玲を満たす。横切る女たちを視線だけで負かす瞬間は筆舌に尽くし難いほどの快感だった。
名前の通り気高く麗しい存在となった姫野美玲を揶揄する者はもう誰一人としていなかった。
そんな完璧な美貌を手に入れ数日が経ったある日。
いつものバス停に寄るとカプセルトイは撤去されていた。まるで最初から何もなかったかのように、辺りは閑散としている。
「……もうカプセル少なくなってたもんね」
美玲はしばらくその場に佇むとバス停に背を向け、振り返ることなく歩き出した。
胸の中は不思議とすっきりしていた。
そこには寂しい気持ちも少しの未練もない。欲しいものを全て手に入れた今、「姫野美玲」という美しい器には充足感だけがなみなみに注がれていた。
美玲は手に入れた薄い唇を持ち上げ、美しく形成された高い鼻で思い切り空気を吸い込み、歩き慣れたほそい脚で地面を蹴った。いつもの潮風が、柔らかい髪の毛をドラマのように靡かせる。
明日も明後日もこの美しさはつづく。
この先の未来がこんなに待ち遠しいのは生まれて初めてだった。
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