猫と漫画と三森さん

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<桜井side>     初夏のある放課後。  同級生の三森さんは、我が豊四季高校漫画研究会の部室で、僕の前で仁王立ちになって言った。   「桜井。あたしに漫画の描き方を教えて欲しいんだけど」 「……なんで?」    幽霊部員ばかりの部室の中は、僕と三森さんだけだった。  三森さんは、少し明るいブラウンに染めた長い髪をくるくると巻き、スカートを短くして制服をおしゃれに着崩した、校内屈指のいかした女子だ。  それがなぜ、僕に漫画など。    しかし、彼女の目は真剣だった。   「もちろんお礼はする。頼む」 「そりゃ、僕でよければ……」    質問に答えてもらっていないことに気づいたのは、三森さんが   「じゃあ道具とか揃えてくるから、明日からよろしくな」    ときっぷよく去っていった後だった。 ■ <三森side>  あたしが桜井にいきなりな頼み事をしてから、一週間が経った。  正直、漫画が描けるようになりたいわけじゃない。  でもあたしから言い出したことだ、教わるからには真剣にやらなきゃいけない。    最初はやっぱり釈然としない様子だった桜井だけど、いざ始めてみると、真剣に、親身に、他の部員が全然来ない漫研の部室で、一から漫画の描き方を教えてくれた。   「三森さん、絵うまいね」 「意外か? ギャルが漫画なんてって思ってるだろ?」   「ギャルについては分からないけど、確かに意外かも。読むのはともかく、描くっていうのは」 「ま、楽しそうだなとは思ってたよ。実際、割と楽しいな」    のほほんとした桜井の顔に、小さく笑顔が浮かぶ。  あたしはつい、顔を下げて、シャープペンの線で汚れた練習用のスケッチブックに視線を逃がした。
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