2人が本棚に入れています
本棚に追加
「分かったらええ。早よ支度を頼むわ」
その時、風に乗って得も言われぬよい香りが漂ってきた。
「あ、極楽の香りや。飛鳥ちゃん来はったわ」
「な、なんと、天女様!」
本殿の外から、仰天した八兵衛が羽をバタつかせる音がする。
「ほな、留守番頼んだで」
ハクトが用意した包みを背中に括りつけ、とろりと耳を垂らして走り出た。
「姉さん、今日は急なお願いを聞いてくれはって、おおきに、ありがとさんどす」
「懸けまくも畏き莵道稚郎子命様たってのお頼みですもの。石清水の鳩さん、あい心得ております。坂東までご一緒いたしますわね。あらハクトちゃん、お目をどうかしまして?」
「ぼく、姉さんが眩しすぎて真っすぐ見られへんの。お天道様も恥ずかしがって雲間に隠れはったわ」
「まあ、ハクトちゃんたら。相変わらずお上手ね」
「うわぁ、早そうな雲! ぼく、下界に落っこちてしまわへん?」
「大丈夫よ。私が抱っこしてあげますからね。さ、いらっしゃい」
話し声が止むと、ハクトは一人表に出た。八兵衛と桃色の雲はすでに空の彼方にある。
「嬉しそうでしたよねぇ」
タ、タン! と後ろ足で床を踏み鳴らす。
「八作探しは言い訳で、ほんとは鎌倉に行きたいだけですよねーー!」
ハクトの叫びは、地上でのひと夏を謳歌する蝉の大合唱によって、虚しく掻き消された。
最初のコメントを投稿しよう!