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「ん?舞踏会にはエステルが行ったのか?お前は?」
ディナーの席でプリムローズが事情を話すと、父は怪訝そうに聞いてきた。
「わたくしはあまり気分が進みませんので、今夜は控えさせていただきたく。エステルにお願いして代わりに行ってもらいました。エステルには感謝しておりますわ」
するとエステルの母が嬉しそうに身を乗り出した。
「まあ!姉の頼みを聞くなんて、優しい子だわ。きっと今夜、素敵な方があの子を見初めてくださるでしょう」
「ええ。わたくしもそう思いますわ、お母様」
プリムローズも笑顔で頷く。
「しかし、お前はどうなんだ?プリムローズ。今年で十八になるだろう?そろそろどなたかとおつき合いを始めなくては」
「わたくしは結婚には興味がございません。ですがお家の為にそれでは困るようでしたら、お父様が嫁ぎ先を決めてくださいませんか?」
「うーん…。誰でも良いという訳にはいかんだろう?この先の人生を共に過ごす相手なのだぞ?お前が心からお慕いする人でないと」
「お父様。わたくしはお父様のようなロマンチストではありません。嫁ぎ先は御奉公先と思い、精一杯お仕えいたしますわ」
父は、やれやれとため息をつく。
「それでお前は幸せになれるのか?」
フォークとナイフを置いて腕を組む父に、母が隣から笑いかけた。
「よろしいではありませんか。プリムローズがそれでいいと申しているのですから。幸せの感じ方は人それぞれですもの。エステルには良い恋愛をして欲しいですけれど、プリムローズが恋愛を望まないのなら、わたくし達で縁談を結んで差し上げませんこと?」
そしてプリムローズに話し始める。
「プリムローズ、とても良い縁談があるわ。実はこの国の全ての伯爵家に通達があったの。なんと、王太子のお妃候補を募っているとのことよ」
いや、それは…と父が口を挟もうとするが、母は構わず身を乗り出した。
「どう?プリムローズ。王家との縁談なんて、この上ないでしょう?王太子殿下は確か今年で二十歳のはずだから、年齢的にもちょうどいいし。我がローレン家にとっても大変光栄なお話だわ。ね?受けてくれない?」
プリムローズは半信半疑で聞き直す。
「王太子妃候補なんて、そんな。お母様、本当にわたくしなんかが名乗りを上げても大丈夫なのですか?」
「もちろんよ!あなたは立派は伯爵令嬢ですもの。王太子妃にもふさわしいわ。ね?ありがたいお話でしょう?」
「ですが、そんなに光栄なお話でしたら、既に他の名家のご令嬢が選ばれていらっしゃるのではないですか?この国の伯爵令嬢は、わたくしよりもはるかにお美しくて聡明な方ばかりですもの」
「では一度お話を受けてみればいいじゃない。選ばれるかどうかはそれからよ。ローレン家としても、通達を無視するのは本意ではないわ。ね?早速お返事しておくわ」
嬉しそうな母の隣で、父は表情を曇らせてうつむいている。
(なぜお母様はこんなにも上機嫌なのかしら。私を立派な伯爵令嬢だなんて…。それにそんなにも良い縁談なら、エステルに受けさせようとされるはずなのに)
この話には必ず裏がある。
そう思いつつ、プリムローズは頷いた。
「かしこまりました。お母様、そのお話進めていただけますか?」
「ええ!もちろんよ」
満面の笑みを浮かべる母の横で、何か言いたそうに顔を上げる父。
やはりどう考えてもおかしい。
だがプリムローズはますます決意を固めた。
(どんな裏があってもいい。目障りな私がこの家を出れば、お母様もエステルものびのび暮らせるはずだもの。それにローレン家としても良い縁談になる)
そう思えば、これほど恵まれた話はない。
プリムローズはもう一度、よろしくお願いいたします、と両親に頭を下げた。
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