名もなき歌の、歌うたい。

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 こんな痛み、日常茶飯事だ。  それよりも、今の気持ちは百花に向いている。  ……また、百花に会いたい。  俺は夜ご飯も食べずに、寝ることにした。  一階では必要以上に大きな生活音が響いている。きっと史幸が皿やらグラスやらを投げているんだろう。  目を瞑ると、今日のことを思い出せる。  百花は……俺の歌を褒めてくれた。  小さい頃に、父から褒められた時と同じくらい、承認欲求が満たされた気持ちになる。  この優しくてフワフワした気持ちを……また味わうことができたなんて……。  俺は次の日も学校をサボって、公園に来た。  気持ちの良い天気。  いつものように歌を口ずさむ。 「また歌ってるのね!?」  ……本当に来てくれた?  驚きで立ち上がる。昨日と同じリアクションをしてしまったと、すぐに気づいた。  すると、太ももに激痛が走る。 「痛っ……」 「え、大丈夫?」  痛みで思わず腰を落としてしまった俺に、百花が近づいてきた。  そして痛みの根源が太ももだと気づいた百花は、すぐに俺のスラックスの裾を上げた。 「うわ、痣になってるじゃない! 喧嘩でもした?」 「い、いや……」 「待って、他は?」  百花は心配そうな顔で、俺の全身をチェックし始めた。  首筋、腰、腹、ワイシャツのボタンを外して、確認する。  全身にある傷や痣を見ていくうちに、百花は深刻な表情に変わっていった。 「剣星君。虐待受けてるでしょ?」  百花も、丘の上の芝に座り込んだ。  膝を抱えるように座り込み、俺の目を真っ直ぐ見て聞く。  俺は何も答えられなかった。 「……私で良ければ、話してみて」  脇目も振れない百花の視線から、俺は逃げられなかった。  気がつくと俺は……俺の、これまでの人生を話していた。  ダムが決壊したかのように、これまでの苦悩を喋り続ける。  百花は俺が話し終わるまで、何も言わずに黙って聞いてくれた。  話し終わると、百花はゆっくりと俺を抱き寄せて、「死ねばいいのにね」と耳元で囁いた。  予想だにしていない過激な発言に戸惑いつつも、俺はコクリと頷く。
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