名もなき歌の、歌うたい。

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 ――彼女と出会うまでの人生に、希望なんてなかった。  幸せだという感情は、随分前になくなっている。  いつもの公園の、いつもの丘の上。  腕や膝、赤みを帯びた痣を見て、溜息を吐いた。  白ワイシャツにスラックス。学ランは家に置いてきた。  だって、どうせサボるから。  家の近所にある自然公園。その中の丘になっている部分のてっぺんで、尻もちをついて空を見る。  これが日課になっていた。  高校三年生になってから、滅多に学校には行かなくなった。  行っても無駄だ。全身にできた痣を見られて、心配されたり同情されたりして面倒くさいだけだから。  友達なんて欲しいと思ったことはない。  ただ、この誰もいない閑静な丘の上で、静かに歌を口ずさむのが好きだった。  今日も一人、容赦なく紫外線を浴びせる太陽の下で、体に染みついた歌を歌っていた。 「それ、なんていう曲?」  そんな中、ある日突然後ろから声をかけられた。  可愛らしい愛嬌の良い声に、動揺するように立ち上がる。 「え、誰!?」 「あー、ごめんごめん。散歩してたら綺麗な歌声が聴こえてきたから」  振り返って見てみると、そこには茶髪のロングヘア―で、柔らかな雰囲気を纏った女性が立っていた。  あんまりにも綺麗だったので、固まってしまう。  女性は手を振って、ボーっとしている俺に話しかけ続けた。 「おーい、聞こえてますかー」 「……あ、はい」 「お、返事した。それで、なんていう曲なの?」  ……曲名、か。  この曲は、小さい頃にいなくなった実父が作った曲だ。  歌詞やメロディーは覚えているけど、曲名は知らない。  俺は咄嗟に、「名もなき歌」と答えた。 「”名もなき歌”かぁー。良い曲だね」  女性は丘の上に座り込んだ。  さっきまで俺が座っていた場所に座って、空を見る。 「お兄さん、高校生でしょ?」
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