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露で湿っている草の上に、よく直で座れるな……俺はもう慣れているけど、尻が湿るのは気持ち悪くて仕方ないだろう。
女性は薄めな生地のデニムを履いている。
絶対後悔するぞ……頭ではそんなどうでもいいことを考えているけど、聞かれた質問には答えないと。
「高校三年生」
「お、私の一つ下か」
「じゃあ、大学生?」
「ピンポーン」
ニコッと笑うその屈託のない顔は、可愛さに拍車をかけた。
この人、大学一年生か。
この辺の人なのかなぁ……見たことないけど。
その疑問は、早々に解決する。
「春にこの街に引っ越してきたの。大学進学と同時にね」
「なるほど……」
「見慣れない街だから、暇な日はこうやって近所を散歩しているんだ」
この街に引っ越してきて、まだ月日が浅いのか……どうりで見たことがないわけだ。
こんな綺麗な人が近所にいたら、とっくに知り渡っているはず。
何の変哲もない田舎町に、進学のためにやって来た……ちょっと珍しいな。
「東京に比べて、ここはだいぶ長閑だから……すごく心地良いの」
「お姉さん、東京から来たの?」
「あ、百花って呼んで」
「ああ……百花さん」
百花は目を垂らして笑って、「はーい」と返事した。
そして「そう、東京から」と遅れて答えてくれる。
「東京か……羨ましい」
「この街の方がいいじゃん。穏やかで空気も美味しいし」
「俺には息苦しく感じるけど」
百花は首を傾げて「どうして?」と聞く。
どうして……か。
その理由は、口にしたくなかった。
俺は百花から目を背けるようにくるっと回って、「別に」と投げやりに言った。
「……そっか。君、名前は?」
「篠塚 剣星」
「剣星君ね! この近くに住んでるんでしょ? またあの歌聴かせてね!」
背を向けていた俺は、もう一度百花の方を見た。
百花は天使のように煌びやかな表情をしていて、俺の邪気を吸い取ってくれるかのような凛とした笑顔を見せている。
「……いいよ」
すると、公園横の車道に、一台のタクシーが止まった。
百花が「あ、叔父さん来た」と呟く。
中のドライバーが煙草を吸いながら外に出ると、こっちを見て微笑んだ。
「あの運転手、私の叔父さん! 元々こっちに叔父さん夫婦が住んでいてね、居候させてもらってるの!」
百花は俺に「じゃあ」と手を振って、タクシーの方に向かっていった。
公園内がまた、静かになる。
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