名もなき歌の、歌うたい。

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「警察に相談した方がいいよ」  百花は親身になって、俺の問題を解決しようと考えてくれた。  だけど、警察はこんな相談受けてくれない気がする。  俺は聞き流すように「そうだね……」と答えた。 「私、もっと剣星君の歌聴きたいよ。剣星君には、もっと楽しんで歌ってほしいな」  百花の優しさが、胸を締めつける。  俺は「ありがとう」と言って、その場に立った。太ももに激痛が走るけど、我慢する。  これ以上ここにいると、百花の優しさを無下にするのが辛過ぎて泣いてしまいそうだ。 「剣星君?」 「ごめん、百花さん。俺もう行かなきゃ」  ゆっくりと公園を後にする俺。  ああ……百花とこんな中途半端な別れ方をするなんて……。  振り返って百花に手を振るのさえも、する勇気がない。  百花の優しさが、逆に精神的に辛いと感じてしまった。  俺だって、本当は楽しく、もっと気持ちのこもった歌を百花に聴かせたい……。 「おい! 剣星!! てめぇ毎日学校サボりやがって! いくら学費払ってると思ってんだ!」  帰ってすぐに、足元にビール瓶が飛んできた。  ちょっと、今は勘弁してくれ。  ただでさえ百花とのやり取りで、自己嫌悪に陥っているんだ。  その上、物理的な体へのダメージは、さすがに俺も耐えられない。  でも、そんな事情を知る由もない史幸は、俺を気が済むまで殴って、蹴った。  今度は頬が腫れ上がる。尻の辺りに入った蹴りも、相当な痛みだ。これも痣になるだろうな……。  続く暴力に、俺は感情をシャットダウンしてしまった。  もう、どうにでもなれ……。  母が、「もうやめて」と泣きながら止めているのは聞こえた。  史幸の存在が遠のいたのを感じた俺は、無言で自分の部屋に戻る。  そして、無の状態のまま、俺は眠った……。
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