25人が本棚に入れています
本棚に追加
5.二回目
母だった。
「母さん、どうしたの」
『海斗? あの、あのね、今、母さん病院にいて』
落ち着いて聞いて、と慌てた口ぶりで母が続けた言葉に海斗は棒立ちになった。
────お父さんが、交通事故にあったの。今処置を受けているけれど、意識が戻らなくて。だから、
だから、の続きが言えないのか、ただただ呪文のように母は、だから、を繰り返している。
「すぐ行くから」
父さんが、事故?
電話を切って海斗は放心していた。告げられた言葉の意味が瞬時には理解できなかった。
朝、普通に、いってらっしゃい、と見送った。勉強ちゃんとしろよ、としかめ面で言われた。わかってるよ、と苦い顔を返してしまった。
父さん。
父さんが事故。
すうっと爪先が冷たくなっていく。視界がぐらり、と揺れる。父さん、と震え声が自然と漏れた。そこで、ふと思い出した。
「そう、だ」
慌ててポケットを探る。古銭のざらついた感触が指先に触れた。
気が付いたら全力で走り、神社の賽銭箱へ叩きこむように古銭を投げ入れていた。
────お父さんを、助けてください。
絞り出すように祈った後、病院へ駆けつけた海斗が見たのは……まだ幾分ぼんやりしながらも、母に微笑みかけている父の姿だった。
「海斗」
掠れ声で父が呼びかけてくる。安堵のあまり病室の入り口でへたりこみながら、海斗は何度も何度も心の中で呟いていた。
ありがとう。神様、ありがとう。本当にありがとう、と。
「海斗。もう大丈夫だからね。大丈夫だから」
近づいてきた母が海斗の肩を抱く。うん、とくぐもった声で頷き海斗は母の腕を握る。
母もまた体を震わせ、泣いていた。
その海斗と母の脇を、誰かが慌しく通り過ぎたのはそのときだった。
「正親さん!」
甲高い女性の声が父の名前を呼ぶ。甘い香水の匂いが風に乗り、顔面に吹きつけてくる。え、と固まる海斗と母になど目もくれず、病室に駆け込んできた女性は、横たわる父のベッドの傍らでいきなり泣き崩れた。
良かった、良かった、と涙声が何度も繰り返していた。
最初のコメントを投稿しよう!