3.一回目

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3.一回目

 あれからずっと考えている。自分が叶えたい願い事とはなんだろう、と。  漫画「負け犬ヘブン」の最新刊がもうすぐ出るからそれはほしいけど、お小遣いで買える。ゲームもほしいタイトルがあるにはあるが、親友の大がすでにそのゲームを買っていて、自分が終わったら貸してくれると言ってくれている。従って今すぐは必要ない。  他になにかあるだろうか。 「伊藤さあ、暇だろ。掃除当番、代わってくんね?」  授業終わり、つらつらと考えながら帰り支度をしていると、立たせた髪を片手で直しつつ、同級生の羽鳥昭雄が声をかけてきた。 「ええと、この間も僕、代わったと思うけど」  一応抵抗してみるが、羽鳥はうるさい羽虫を追い払うように手をひらひらさせる。 「だあって俺忙しいんだよ。塾もあるし。でもさ、伊藤はないだろ? 塾行かなくても成績いいんだしさあ」  確かに塾は行っていない。だが、成績がいいのはその日に学んだことを毎晩必ず復習しているからだ。なんの努力もしていないかのように言われるのは心外だ。  そもそも……彼が海斗に掃除当番を押しつけた後、向かうのは塾じゃない。それに海斗は気づいている。なぜなら、廊下から彼に向かってきらきらした目を向けてくる女子がいて、その女子に「もうちょっと待って」と言いたげな目配せを羽鳥が海斗の前で堂々としているからだ。  つまり断るべき案件なのだ。でも海斗は……断れない。 「まあ、いいよ」 「本当か! ありがとうな! 伊藤!」  ぱあっと笑顔の花を顔面に咲かせ、羽鳥はうきうきと鞄を手にする。行こうぜ、と女子と連れだって去っていく彼を見送ってから、海斗は黙々と掃除を始めた。 「海斗さあ、なんでいつも代わってやるんだよ」  大が海斗の代わりに頬を膨らませるが、そんな大に向かって海斗は肩をすくめてみせた。 「なんていうか、僕が断れば、羽鳥とあの彼女ががっかりするけどさ、僕が代われば、羽鳥とあの彼女は笑えるから。そっちのほうがまあ、後味悪くないなあって」 「お前……」  いい奴すぎだろ、と大は言ったが、別に海斗は自分がいい奴である自覚はない。海斗はただ人に嫌な思いをさせるくらいなら自分が我慢したほうが楽だと思うタイプなだけだ。  とはいえもやもやは残る。  掃除を終え、帰路に着いた海斗は神社の前でつと足を止めた。  願い事を思いついた。  ゆっくりと石段を登り、鳥居をくぐる。頭上でカラスが高く声を上げていた。  賽銭箱の前に辿り着いた海斗は小銭入れを取り出し、五円玉一枚とあの青年に渡された古銭を一枚取り出した。小さな賽銭箱へそれをことり、ことり、と落とし込む。  二礼二拍手し、海斗はそっと目を閉じる。 ────馬鹿にされても、もやもやしない僕になれますように。  さて、効果はどんなものだろう。  まあ、本当に願い事なんて叶うわけはないけれど。  などと、まったく信じないまま神社を後にしたのだが、その翌日、思いもよらぬ形で効果を実感することとなる。
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