4.効果

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4.効果

「なあ、伊藤。掃除当番代わってくんね?」  翌日の放課後、鞄を片手に教室を出ようとした海斗を羽鳥が呼び止める。羽鳥の背後には昨日の彼女とは違う女子生徒の姿が見えた。またか、と思ったが、断るのもなんだかやっぱり面倒臭い。どうしようかな、と迷っていたときだった。 「長嶋忍(ながしましのぶ)先輩」  いきなり海斗の口から声が零れた。え、今の僕の声か?! とぎょっとしている海斗自身同様、羽鳥の後ろにいた彼女が唖然とした顔でこちらを見返してきた。 「え? 初対面、だよね?」 「羽鳥くんと付き合うのはやめたほうがいいと思いますよ。羽鳥くんには同時進行で付き合っている子が三人いるので」 「はあ?!」  声を上げたのは羽鳥だった。 「おまっ! なに言ってんだよ! そんなわけないだろ?」 「だって昨日は一年三組の北畠望(きたばたけのぞみ)さんと一緒だっただろ。カラオケしてゲーセン行ってマックで食べさせあいっこしてた。それって彼女じゃない相手とするものなのかな」  意思とは関係なく次々と舌が動く。あわあわしていると、ぐいと羽鳥に胸倉を掴まれた。 「お前、いい加減なことばっかり言うな!」 「いい加減なことは言ってないよ。これは確かな情報。あのね、思ったより人は人のことを見ているんだよ。ちなみに先週だったかな、日曜日に服一緒に見てたのは二年の北条先輩だよね?」 「北条って……うそ! 綾香ともってこと? 信じられない。綾香は私の親友なんだよ?!」 「違うって! 誤解だって! 伊藤! ざけたこと言ってんじゃねえよ!」  怒鳴り声と共に拳が握られる。殴られる、と思ったが、拳は海斗を捉えはしなかった。  恐怖を抱いたままの海斗の体が、あまりにも軽々と動いて羽鳥の拳を避けたために。 「暴力は駄目だってば。それよりさ、長嶋先輩、行っちゃったけど。いいの?」  自分のものとも思えない冷えた声が口から出る。とたん、羽鳥の顔にさっと焦りの色が浮かんだ。覚えてろよ! と漫画みたいな捨て台詞と共に走っていく彼を呆気に取られて見送っていると、突然腕が掴まれた。  興奮した大が海斗の両腕を掴んで揺さぶりながら叫んでいた。 「なに今の! お前、すごいな! 喧嘩強かったのかよ!」 「ほんとびっくり〜! でもこれで羽鳥くんも少しは掃除するようになるかな」 「ほんと。あいつ、調子乗ってたもんな」  教室に残っていたクラスメイトたちも大に同調する。どうやら羽鳥への不満を皆、感じていたようだった。  だが、海斗としては複雑だった。  確かにきっぱり断れた。これからは気軽に掃除当番を代わってとは言われないと思う。思うが皆の前でこんなにも恥ずかしい思いをさせられた羽鳥の気持ちを考えると、胸が痛んだ。  これはやはり昨日のお参りが原因だろうか。そうとしか考えられない。  自分の意思とは関係なくするすると動いた体を、海斗は気味悪く見下ろす。  どう考えても、普通じゃない。このままこの古銭を使い続けたらなにが起こるかわからない。  気持ち悪いし、捨ててしまいたいとも思ったけれど、捨てたら捨てたで不吉なことが降りかかってきそうだ。悩んだ結果、むしろさっさと使ってしまうべきだ、と海斗は結論づけた。  誰にも害が及ばない無難なことを願えばいい。家庭円満とか、世界平和とか。  そうと決めたらさっさと済ませてしまおう。足早に学校を出たが、校門を出たところで振動音に足を止められた。鞄の中でスマホが鳴っている。画面を確かめて海斗は首を傾げた。
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