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1.ルーティーン
昨日、親友の大に言われました。
お前は子どもだから恋はまだまだなんだよって。
大人の男ってやつになれば自然と好きな子だってできるよ、って。
神様、教えてください。どうしたら僕は大人の男になれるのでしょうか?
自宅の斜め前にある大森神社は古くからこの地域の土地神様として信仰を集めている。とはいえ、その建立は古く、三百年をゆうに超えていることもあり、社の状態は芳しくない。中学生の自分からしたら、寂れた神社、という印象しか持てないのだが、
「いい? 学校へ行く前にちゃーんと神様にご挨拶だけはするのよ」
と、伊藤海斗は母から言い聞かされて育った。これはかなりレアなケースで、隣に住んでいる幼馴染で親友の森田大はこんなルーティーンを母親から科されてはいない。
正直面倒だという気持ちがないわけではないが、お参りを省略して学校へ行った日に限ってドッジボールを顔面に喰らったり、宿題の範囲を間違えて先生にねちねち言われたり、給食のメニューが、海斗の嫌いなひじきの煮物に変更されたりする。
信心深くなくとも、偶然が何度も重なれば、自然と神社に足が向く。
ただ、毎日毎日お参りしているうちに、祈願というよりは日記でも綴っているかのようなノリになってしまっていることは、母親にも言っていない。
今日にいたっては完全に悩み相談だ。神様だって困るだろう。
なにをやってるんだろうなあ、自分、と思いつつ、海斗はえんじ色のネクタイを緩め、首元に風を入れる。
中学校に入り、ネクタイというものをするようになって一か月。まだどうにも馴染めない。
しかもネクタイは暑い。五月の初めはまだ春の延長だと思っていたけれど、ネクタイのせいか首周りが汗でじっとりして、気持ち悪いことこの上ない。
五月でこれなら、夏、早く来そう、とうんざりしつつ鳥居に向かっていた海斗は、そこでふと足を止めた。
鳥居前の石畳を竹箒でせっせと掃除している袴姿の男性が目に入った。彼は石畳の溝に詰まった砂利を箒の先で丹念にかきだしている。丁寧なその仕草を見て、海斗は恐縮した。
こんなにも大事にされている神様に、自分はなにをぐちぐちと言っているのだろう。
ごめんなさい、と軽く社に頭を下げ、鳥居へと向き直ると、先程は俯いていた男性がいつの間にかこちらを見ていた。
「おはようございます」
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