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第1話 それは、突然始まった。
寄生蝉という蟲がある。
個体数が極端に少ない為にその生態は謎めいているが、ある文献に彼らの生態が記されている。その文献によると、彼らの生態は一般的な蝉のそれとは大きく異なるという。
皆さんも御存知のように、一般的な蝉は土の中で幼虫として約七年間の月日を過ごし、そしてある夏の夜、土から這い出した彼らは成虫になる。成虫になってからの彼らは短命で、約一週間の命とされている。だからこそ雄の成虫は激しく鳴き声を上げて自己主張し、雌の成虫はそれに吸い寄せられてゆく。そして次世代の命を育んだ彼らは、その生涯を終えるのだ。
では寄生蝉は、どの様な生態を持つ蝉なのか?その文献にはこう記されている。
『彼の蟲の幼体は、土の中で長い時を過ごす。そして百年の年月を経た幼体は地表へと姿を現し、成体へと変容す。彼の蟲は全ての個体が雄である為、単独での生殖活動は不可能であり、故に他種の生物の雄に寄生することで、その目的を果たすのだ。彼の蟲に寄生された雄は同種の雌を強烈に惹き付ける特徴を持ち、多くの雌と生殖活動を行うことになる。
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以上が寄生蝉の主な生態であるが、はたして彼の蟲を生物と分類してもよいものだろうか?彼の蟲はそのおぞましい生態から鑑みるに、妖魔の類と呼べるのかもしれない』
「……妖魔の類か。確かに、そうかもしれない」
私は寄生蝉について記されているその文献を閉じると、机の上に置いてある小瓶に視線を向けた。その蓋つきの小瓶の中には土を敷き詰めてあり、その土の中には他でもない、件の蝉の幼虫が眠っているのだ。
私はそのまま、暫く考え込んだ。……この蝉の幼虫を、この後どの様な処遇にしたらよいものだろうか?
このまま処分するべきなのか、それとも野に放つべきなのか……
その二つの選択に私は迷い、答えが出せずにいる。
悩んだ私は椅子から立ち上がると窓へと向かった。自室の窓から観える景色に視線を送ると、灯篭から洩れた優しい灯りに照らされた庭園が風に優しく揺れている。
……外の空気を吸うのも、悪くない。
そう思い立って、私は縁側の袂にいつも置いてある草履の鼻緒に足を掛けた。こうやって迷った時は、気分を変えてみるのも良いだろう。
十月の夜風は冷たい。その空気を胸に吸い込みながら、私はある人のことを考える。それは小瓶の中で眠っている、あの寄生蝉の幼虫の親蝉に寄生されていた男性のこと。
夜の庭園を一人歩きながら、これから私は皆さんにその彼の話をしようと思う。
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朝、目を覚ますと、その気だるさにうんざりした。昨夜は酷く蒸して寝苦しい夜だったし、最近は胸の調子が良くない。恐る恐る自分の胸へ手の平を当てると、弱弱しいリズムで心臓が鼓動を刻んでいた。
僕の名前は竹田海斗、今年で16歳になる高校一年生です。僕の心臓には生まれながらに大きな欠陥があって、二十歳迄は生きられない体だそうです。だから僕は毎日目覚める度にこうやって、自分の心臓が止まっていないか確認するのが日課になっているんです。
僕は何とか重い体を起こしてベッドから起き上がると、着替えを済ませてから居間へと足を向けました。もうすぐ、出掛けなければいけない時間だから。
「海斗さん、おはようございます。今日の体調はいかがですか?」
居間に入ると声を掛けてきたのは、弘子さんです。弘子さんは僕の身の回りの世話をしてくれる女性で、僕が10歳の頃からずっとこの家で一緒に暮らしているんです。
この無駄に広い家には、僕と彼女の二人しか住んでいません。僕は母を早くに亡くしていたし、父は経営している会社の事業が忙しくて、ずっと離れて暮らしているんだ。だけど僕は知っています。田舎は空気がいいからと理由をつて、父は僕を厄介払いしたんだ。
「おはようございます、弘子さん。ええ、体調は大丈夫ですよ。今日も学校に行くつもりです」
僕がそう応えると、弘子さんは心配そうに僕の顔を覗き込んできました。彼女があの顔で僕の顔を覗き込んでくるのも、毎朝の日課みたいなものなんです。
体調はあまり良くなかったけれど、僕は元気な笑顔を弘子さんに返しました。何故って、僕にはどうしても出掛けなきゃならない理由があったんです。
「行ってらっしゃいませ……」
弘子さんの見送りを背中に受けながら、僕は最寄りの駅へと急ぎました。その駅にこそ、僕がどうしても出掛けなきゃならない理由が待っているんです。
僕は駅に着くと、直ぐにいつもの場所に足を運びました。その場所は改札口が見渡せて、あまり人目にも付かない絶好の場所なんです。
その場所で、いつも僕は彼女が来るのを待ちます。いつもただ改札を通り過ぎてゆく彼女を見ているだけなので、あまり緊張する必要もないんですけどね。でも、さっきから僕の心臓は、ドキドキと妙に高いリズムを刻み続けていました。彼女が来るまで、この心臓がもってくれればいいんだけど……
「あの…… すみません」
すると突然、声を掛けられました。声の方に顔を上げると、そこには一人の若い女性が立っています。その女性は二十代位の清楚な雰囲気の女性で、普段女性から声を掛けられる経験があまり無い僕は驚いてしまって、ただ黙って彼女の次の言葉を待っていました。
「よかったら、これから私とホテルに行きません?」
「……え?」
言葉の意味が理解出来なくて固まっている僕に、その女性が潤んだ瞳を向けてきます。そして体を擦り寄せながら、猫が甘えるみたいな声でこう言ったんです。
「……ねえ、いいでしょう?お姉さんが、色々教えて、あ・げ・る♡」
気が付いたら、僕はその場から逃げ出していました。逃げる僕の背中にその女性が何か叫んでいたけれど、僕は朝の混雑する人混みの中を搔き分けるようにして、ようやく駅の構内にあるトイレへ駆け込んで個室の鍵を閉めました。
「ハア!ハア!ハア!ハア!ハア! な、何? 何なの、今の女性!?」
荒い息をついていると、個室のドアがノックされて心臓が飛び出るくらいに驚きました。
「は、入ってます!」
返す息でそう応えると、外から二人の女性の笑い声が聞こえてきます。
「ふふふっ…… ねえ、ここに居たよ~!」
「ホントだ。 クㇲクㇲ…… ねぇそこに入れて? 早く私達と、しよ?」
此処は男子トイレなのに、どうして彼女達は普通にこの場所にいるんでしょうか?
僕は、その状況にぞっとしていました。怖くて何も言えずにいる僕に構わず、彼女達がしきりに入れてと個室のドアをノックしてきます。
そしてパニックになっている僕の耳に聞こえてきたのは、大勢の話し声や笑い声。
ざわざわ……
クㇲクㇲ……
ふふふっ、いつまで待たせる気なの? 私、もう待てないよ……
その時僕は、個室の外が大勢の女性達に囲まれているんだと、気が付いたんです。
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【あたら夜🌛物語 第一夜 僕たちの不思議な夏休み。】
💀あらすじ💀
みさと、カッチャン、リクの三人は、冒険が大好きな男の子たち。
森の中を流れる小川に架かる赤い橋に、男の子の幽霊がでるという噂を聞きつけた三人は、早速冒険に出掛けることにしました。
夜もすっかり更けた深い深い森の中を、月明かりだけを頼りに歩みを進めてゆく三人の男の子たち。だけれど目的の橋で彼らが目にしたのは、息を呑む程に美しい少女の姿だったのです。……幽霊?それとも妖精?彼女は一体、何者なのでしょうか?少年たちの不思議な夏休みが、幕を開けたのです。
☆この作品も、どうぞ宜しくお願い致します。(*- -)ペコリ☆
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