喜びの鐘が鳴っている

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私は彼の手を掴まずに立ち上がり、彼を真っ直ぐに見た。 彼が浮かべる表情は、人から見たら無表情この上ないだろうけれど、嫌そうだなってところは私にはよくわかった。わかりたくはなかったけれど。そして少しだけ悲しくなった。彼のその表情ではなく、実際の顔に刻まれた余計な皺で、彼はまだ二十三歳でしかないのに人生が終わった老人にしか見えないのだ。 まだ聖女シレーナを愛しているのね。 王子との結婚で絶望してしまうぐらいに。 「俺に話しが無ければ――」 「学園にあってはならないものを見つけました。たぶん、大聖堂の地下にもあると思います。一緒に破壊しに行ってくれませんか?」 私の言葉にイアンの瞳が揺らぐ。 私はいまだと手の平で水球を作り、イアンの目の前に翳した。 そこには、自分が見つけて(ガブリエラの体を使って)解除したしたものが数秒映し出され、その次に大聖堂の地下に設置されたままのものの映像に切り替わる。 イアンは微かに右目の目尻の辺りをピクリと動かした。 私は水球を消すと、イアンに挑むような目を向ける。 「あなたが行かなくとも、私一人でも参ります。あれの解除を手伝ってくれませんか?」 「俺ではなく、いくらでも助けを求められる奴はいるだろう。ほら、そこにいる警備兵にその映像を見せればすぐに動く。パニックは防げられないが」 「そこです」 私はイアンを指さす。 まるで、言質は取ったぞ、と言う風に。 「なんだ?」 「そうよ、パニック。そんな事が起きたらたくさんの人が大怪我する可能性があるわ。せっかくのお祝いが台無しになる。だから、私とあなたでこっそり解除しに行きましょう。あなたは友人の結婚祝いの為に今日は非番なんでしょう?」 「非番じゃない。茶番に付き合いたく無かったから辞職したんだ」 「じしょく、ですか? あなたは王国の最高の魔術師では無いのですか? 王国を守る要なのではないのですか?」 聖女を守りたいからその職務を選んだのでしょう? でも、そのすべてを壊したいほどに彼女をあなたは愛しているのですね。 「声も出せない力のない者を見捨てるのですか?」 イアンは、目の前の小娘を殴ってやりたい、という威圧を消しもせず私を睨み、しかし、彼の口から出たのは私が思いもかけなかったセリフであった。 「この王国はな、声も出せない力のない人間を礎にして繁栄しようとしているんだ。そんな世界などうんざりするだろう?」 それは、恋した相手が王家に嫁がねばならない、そのことを言っているのだろうか。聖女(シレーナ)もイアンを選んでいた、と? 相思相愛の二人が受け入れねばならなかった悲劇? でも私には、シレーナは王子こそ好きだった、そんな風に見えたのだけど。 きれいな人は自分が拒否される事こそ受け入れられないのかしら? 私なんか最初からありえないってわかった上で愛していたというのに!! なんだか百年の恋も冷める気持になりながら、私はイアンから背を向けていた。 とにもかくにも、大聖堂の地下にあるものは何とかしないと!! 「わかった。私一人で解除します!!」 「どうやって? 大聖堂は一般人の立ち入り禁止だぞ?」 私はイアンに顔だけ少し向け、一度はやってみたかった笑い方をした。 人を小馬鹿にするような悪辣な笑い方だ。 「私がそんな正道を進むと?」 ごくん。 つばを飲み込んだのは私の方だった。 イアンがふっと微笑んだのだ。 魔王様だ。 私の心が溶けちゃう、そんな最高の悪辣な微笑だった。
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