二年生のクラス替え

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二年生のクラス替え

もうすぐ大型連休に入る前の放課後、廊下の大きな掲示板にはまだ、びっしりと入部勧誘のポスターが貼られていた。 真剣に見たのは初めてだったから、見てると結構楽しいのも初めて知る。 「染谷くん、だよね? 」 「…… っと、中、山、くん? 」 声をかけられたのは同じクラスのたぶん中山くん。 間違えてたらどうしよう、自信なさげな声を出してしまう。 「うん、中山。なに? 入る部活探してるの? 」 「う、うん…… どこか入った方がいいかなぁーって思って」 辻家くんと部活終わりで会えるかもしれないから。 心の中で一人答えた。 「写真部においでよ!僕、写真部なんだ、面白いよ!」 その手には、一眼レフカメラがしっかりと握られていた。 「僕、カメラ持ってないし」 「スマホのカメラでもいいんだよ、あ、これは父親のおさがりなんだ。父親のカメラ好きに影響されちゃってさ、僕」 ひょいっとカメラを持ちあげて、中山くんがにっこりとする。 スマホのカメラでもいいの? そんなのあり? まぁ、今のスマホはカメラ機能がすごいけどさ。 「んー、でもなぁ」 やっぱりピンとこない。 何かをやりたいわけじゃないから何でもいいのに、そういうのって割と決まらない。 「今から体育館に行くんだ」 え!? 体育館!? 体育館には、辻家くんがバレー部の部活でいるはず。 「体育館? 何しに? 」 わくわくして、きっと少しにやけてもいるだろう、僕。 「体育館でやってる部活を撮りにね」 なんだって? 嘘でしょ。 「あ、染谷くんも行かない? 」 「行くっ!」 部活に誘われても乗り気じゃなかったのに、体育館へ行くかと訊かれた途端にものすごい勢いで返事をしたから、中山くんの顔が引きつっている。 「じゃ、じゃあ、い、行こうよ」 誘わない方がよかったな感が滲みでている中山くんに、今度はおとなしく「うん」と応えた。 バンバン、バシバシ、ドンドンとボールを突いたり叩いたりの音、キュッキュと鳴るシューズの音、それに皆んなの大きな声が体育館に入った途端、耳に響く。 中山くんは早速カメラを構えてパシャパシャと音をさせている。その横で僕は辻家くんを探した。 探すまでもなく、辻家くんはすぐに分かった。 オーラが違うもの。 ………… かっこいい。 なんてかっこいいんだろう。 コートの隅で見学している一年生もいたし、入部体験みたいな人もいる中、辻家くん一人だけ先輩たちに混じって普通にボールに触れていた。 真剣な顔。 廊下ですれ違うときはいつも誰かと一緒で、笑って話しをしているから、あんな真剣な顔を初めて見たし、笑顔とのギャップに更に心を惹きつけられる。 とくん、とくん、とくんと、弾む胸に頬が熱くなったのは、体育館の熱気のせいじゃない。 「よし、染谷くん、戻ろう」 中山くんの声に気づかず、僕はポーッとして辻家くんを見ていた。 「染谷くん!」 「あ、う、うん、ごめんね」 怒鳴るように呼ばれてハッとした。辻家くんを見てたってバレなかったかな? 大丈夫かな? ちょっと不安になる。 体育館を出る時、最後にもう一回ちょっとだけ…… 振り返って辻家くんを探すとバッチリと目が合ってしまってひどく焦る。 にこっと…… にこっと辻家くんが笑ってくれた。 うそ、うそでしょ、どうしてよいのか分からなくて、僕はぺこりと頭を下げただけ。 カメラを持っていなくてもいいというから、これはもう写真部に入るの決定な僕。 広報なんかで使うのに、ちょいちょい色んな部活の様子を撮ったりもするっていうし、バスケ部や卓球部を撮りに行くって言ったって辻家くんは見れるもの。 中山くん、声をかけてくれてありがとうって思った、高校生活最初の春。 移動教室や休み時間に辻家くんに会えた(見れた)時にはラッキー。 部活終わりにバレー部の人たちが帰ってくるのを、昇降口の近くで心待ちにしていた。 がやがやと声が聞こえてくると途端に緊張が走る。 隣りのクラスの辻家くんの下駄箱は、僕の下駄箱と背中合わせ、下手したら触れそうになってしまうんだ。 ドキドキした。 でも、会話を交わしたこともなく終わった一年間。 二年生のクラス替え。 『どうか辻家くんと同じクラスになれますように!』 三月に入ると毎晩、ベッドの上に正座をして指を組み、星を見ながら僕は願った。 二年生の新学期、ドキドキとして学校へ向かう。 一年生の時はそれでも隣りのクラスだったから、辻家くんを見ることができたんだ。これが一組と八組だったら端と端、会える機会だってほとんどなくなってしまう、そんなのは絶対に嫌だ。 「おはよう」 ドキドキしている僕の背中を中山くんがバシッと叩くから、心臓が飛び出るほどに驚いた。 「おっ!おはよう、びっ、びっくりするじゃない」 「え? あ、ごめんね。クラス、今年も一緒になれるかな? 」 「どうだろうね、なれるといいね」 辻家くんと…… と、言葉が僕の心の中で続いた。 一、二年生の昇降口はは二階。 入った内側のガラスにクラス発表の紙が貼られていて、外階段を上りかけたところですでに歓声なんかが聞こえてきて、一層緊張した。 「やった!染谷くん、また同じクラスになれたね!」 「う、うん…… なれ、たね…… 」 二年三組 …… 染谷柚羽…… 辻家巧眞…… なれた。 辻家くんと、同じクラスになれた。 あまりの嬉しさと驚きに僕は言葉を失い、辻家くんと僕の名前だけが浮かんで見えた。
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