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ワークショップにて【てづはだ】
「ワークショップ、ですか?」
「うん。面白そうでしょ?」
「具体的に何をやるかわからないことには……」
もぐもぐと夕餉を囲みながら、他愛のない話をする。手塚(てづか)と羽田(はだ)の、幸せな時間だ。二人で作った夕食を、二人揃って食べる。作るのも食べるのも大好きな二人の、とっておきの時間である。
「まずね、この企画が持ち上がったのは……」
頭が固く真面目で融通が利かない手塚に、羽田が順を追って説明する。二人が勤めるのは畳を製造・販売する会社で、羽田は本社で広報を担当、手塚は工場で畳の製作を行っている。同じ会社に勤めてはいるものの、勤務地は別なのである。とはいっても、徒歩十分ほどしか離れていないのだが。
昨今の和室離れから、新築のマンションに畳のない間取りが増えて、畳の需要は減る一方である。どうにか新しい風を吹かせようと、若い層にも和室や畳に親しんでもらいたい、古いものの良さを再認識してもらいたいと、広報は今ワークショップを企画中なのだという。
「で、具体的には」
「ちゃんと順番に話すって。で、場所はねえ」
昔から贔屓にしてもらっている寺院が大改装するらしく、畳も総入れ替えするとのことで、会社としては大口の仕事が入ってきたと喜んでいた。そこに目を付けたのが広報の、主に羽田。地域で古くから愛されている寺院で、大々的な改装を行うのであれば、便乗して何かやらせてはもらえないだろうか、と。
「この前大阪まで出張してたでしょ、それの打ち合わせだったんだ」
「大阪のお寺なんですね」
「うん。少し見せてもらったんだけど、とってもいいところだったよ」
大皿に盛られていた鰹のたたきが残りひと切れとなったまま。手塚は遠慮して取ることが出来ないが、羽田はもう充分食べたと満足している。
「で、肝心の内容なんだけど、もちろん手塚くんにも協力してもらうよ、構わないよね?」
「え、僕がですかっ」
「愛する畳の良さ、もっと多くの人に知ってもらいたいよね?」
羽田は高偏差値を誇るその顔面をずい、と手塚に近づけた。
「は、はい」
「今回はその大きなチャンスなんだ。成功するかどうかは手塚くんにもかかってるんだよ」
羽田はネギがたっぷり乗った鰹を箸でつまむと、手塚の口へねじ込んだ。
「一緒に、頑張ろうね?」
「……ふぁい……」
鰹一切れを賄賂に買収された手塚であった。
翌週からは正式にワークショップのプロジェクトチームが発足、手塚もメンバーに抜擢された。ミーティングのために工場からたびたび本社へ出向くこととなり、これまでのように畳さえ作っていれば良いという状況ではなくなったことは、根っからの職人気質である手塚には不満だ。その代わり、勤務中に羽田と顔を合わせる機会が増えた。しかし恋人と一緒に、同じチームで仕事をするというのは、予想以上に照れくさい。羽田の華麗なる仕事ぶりを目の当たりにできるということは、反面、自分の仕事も相手に見られるということで、手塚は必要以上に緊張してしまう。
「では、畳を作っているところをみんなに見てもらう実演コーナーとミニ畳づくり体験は手塚くん担当で。他にも案がある人は?」
抑揚をつけ、絶妙な間を挟みながら、涼やかで耳に心地よい声が着々とミーティングを進めている。仕立ての良いスーツ、上着の代わりに作業服の上着を着た、普通そんなにかっこいいと思われぬ出で立ちなのに、羽田だと神々しいほどにキマっている。羽田の仕切りは秀逸で、会議はつつがなく進行していた。
「例えばどんなものがいいですか?」
「先方さんが言うには、新しい寺院のお披露目でもあるから、なんでもありでとにかくたくさんの人に来て欲しいって。新しくなったお寺の中を見て回る、院内お披露目ツアーもあるみたい。アテがあるなら提案してくれれば、正式に会社を通して交渉してみるよ。他に質問のある人は?」
手塚も脳内ではさまざまな質問疑問があるにはあったが、他の人の前で訊くことが恥ずかしく感じられて、家に帰って二人の時に訊こう、と黙っていた。
「作っているのを見てもらうっていうのは、僕はいつも通り普通にただ作ってればいいだけですか?」
今日は湿度が高く、また二人とも残業で疲れていたので、今夜は蒸し鶏を梅肉で和えた。さっぱりと食べやすく、酸味は疲労回復にも効く。
「そうだね、横から他の人が説明を入れるようにするよ。手塚くんはいつも通りのカッコいい感じで真剣に作っててくれれば」
「カッコい……?」
手塚が真っ赤になって噎せた。
「そうだよ、何のために熟練のお偉い職人さんじゃなく手塚くんを抜擢したと思ってるの? こんなに若くてカッコいい職人さんもいるんだ、僕も私もやってみたい、って若い子たちにも思ってもらいたいからなんだよ」
畳の需要同様、職人の数も減る一方である。熟練の職人は高齢化し、若い担い手は年々減るばかり。入ってきても続かないことの方が多い。
「僕にそんな大役……」
自分にカッコいい要素など1ミリもないと思っている手塚は怖じ気づき、急に俯いてもごもごしだしたが、羽田はクスクス笑いながらそんな手塚の肩を叩く。
「大丈夫。僕が惚れちゃったぐらいだもん。ね?」
「……はあ……」
ただでさえ人前に出ること自体恐怖でしかない手塚、無事大役を果たすことが出来るのだろうか。緊張するとただでさえコワモテの顔がさらに引きつり、人でも殺しそうな顔つきになってしまうというのに。
打ち合わせを重ね、準備が進んでゆく。手塚も腹を括り、一生懸命取り組んでいた。A4サイズほどのミニ畳づくりでは、実演と指導の両方を兼ねることになった。最初に聞いたときはもちろん慌てふためいたが、羽田のプロジェクトを成功させなければという使命感に置換すると、どうにかやる気が湧いてきた。
改装に加わった複数の業者とで共同開催となるため、当日は一大お祭りプロジェクトとなった。手塚と羽田の会社からは畳づくりの現場を見学、ミニ畳づくり、畳をデザインしたTシャツの販売の三つで参加することにした。手塚はワークショップの段取りを何度も確認し、専門知識のない人にもわかりやすい伝え方を考え、羽田は三つのプロジェクトチームの間を駆け回った。
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