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持つ者と持たざる者の物語
これは全てを与えられた男と、何も与えられなかった男の物語。
椚田涼司はごくありふれた公立高校の二年生である。恵まれた容姿を鼻にかけることもなく人懐っこいお茶目なキャラクター、に似合わず成績はとても優秀だった。その上容姿や成績で驕ることは決してなく、誰とでも分け隔てなくフランクに付き合うので、当然彼の周りには人が絶えない。気づけばクラスでも自然に最も目立つ、いわゆるカースト頂点のグループに属していた。椚田は自身が置かれている状況をなんの不思議もなく、当たり前にそこにあるものと思って受け入れ、生きている。
椚田が最近妙に気になっているのが、同じクラスの佐倉文明という生徒である。もう一学期が終わろうとしているが、未だに声を聞いたことがないのではなかろうか。毎日きっちりと登校こそしているが、どこにいるかわからないような存在。髪は鬱陶しく顔の半分近くを覆い隠し、青白い顔色で体つきもひょろひょろとして、顔立ちや身体の厚み、存在感、どこをとっても全てが『薄い』男だった。椚田はそんな彼が何を考え、何を楽しみに生きているのか、漠然と興味があった。その興味は、この時点ではあまりにも自分とかけ離れた存在への、ただ珍しいモノに対して抱く好奇心に過ぎなかった。
ある日、カースト頂点グループの一人が急に屋上でランチをキメようだなんて酔狂なことを言い出し、さらになぜか全員が賛成した。購買部で思い思いにパンを買い、五人ほどでガヤガヤと屋上へ向かう。校舎の四階から屋上へ通じる階段は人気がなく、薄暗く角には埃の塊が落ちており、隅には壊れた掃除道具が立てかけられていて、半ば物置状態になっていた。
わあわあと騒ぎながらその階段を昇っていくと、奥の方でゆらりと影が揺れた。
「い、いま、あそこ、何か動かんかった?」
「怖いこと言うなよ」
「気のせい気のせい!」
とはいうものの全員に少し怯えの色が差した。
それまでのざわつきがすうっと消え、なぜか忍び足で階段を昇っていくと――
「……」
佐倉がいた。物陰に隠れるように、小さくなって。
「……佐倉? 何してんの」
「……」
声をかけられたことが心底鬱陶しかったようで、忌ま忌ましい顔で立ち上がると、佐倉は返事もせずに立ち去った。
「やっぱり変な奴」
「何を楽しみに生きてるんだろ」
「やっぱり施設で育ったらああなるんじゃね」
「ちょ、それは言っちゃだめだろ」
椚田は知らなかったが、佐倉は母親の育児放棄により幼い頃から児童養護施設に入っているということだった。その後の噂話はやれ施設内でも大暴れの問題児であるだとか女子を襲ったことがあるだとか、真偽が定かでない憶測が飛び交う中、椚田だけは押し黙ったままだった。
昨日はアプローチの仕方が悪かったのだ、と椚田は策を練った。先住に失礼のないよう、場所をお借りするという気持ちで臨まなければ、と思った。
「佐倉ー! 今日もお邪魔するで」
昨日と同じメンバーを誘って、椚田は昼休みに再び屋上へやってきた。今日はきちんと先住人に挨拶からだ。まさか二日連続でこないだろうと思っていたのか、佐倉はわずかながら動揺の表情を見せた。
「……」
「昨日はいきなりやってビックリしたやんな、ごめんな。今日は一緒に食お!」
にこにこと昼食を広げるも、佐倉の返事は冷たいものだった。
「遠慮する」
ついに声を聴くことが出来た。見た目よりずっと大人っぽくて色気のある声だ、と椚田は聴き惚れた。が、うっとりしている場合ではない。めげずに食い下がる。
「なんでぇな! みんなで食ったほうが旨いやろ!」
「自分の価値観を押しつけないでくれる」
侮蔑の視線を投げつけると、佐倉はまたも去って行ってしまった。
「なあ、もう無理に一緒に食おうとしなくていいじゃん」
「なんでそんなにアイツにこだわるんだよ」
佐倉のあまりの態度に、友達からも批難が寄せられる。けれど椚田は、毎日佐倉がこんな薄暗い埃まみれの場所で、一人寂しく昼休みを過ごしていたかと思うと、考えただけで気が滅入ってしまうのだった。こんな薄暗がりから、なんとかこちら側の、光の当たる場所へ連れ出してはやれないだろうか、とも考えた。
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