想いを馳せて 〜父と母と子、それぞれのあと一回

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 熱帯の戦地で負傷し、草木をかき分けながら、仲間に運ばれてなんとか野戦病院まで辿りついた。  傷口にはウジ虫が湧き始めていたが、すでにベッドは埋まっており、自分は土の床に寝かされる。  もう痛みは慣れたと言うべきか、もう薄れたと言った方が正しいか、それほどまでに意識が朦朧としていた。    赤紙が届いた時から、この日が来る可能性がある事はわかっていたが、自分は大丈夫だと根拠のない自信がどこかにあった。  だが、それは見事に打ち砕かれ、今訪れようとしている。  死に向かう、残された僅かな時間……。  ああ、あと一回……あと一回、手紙を出さないと……。  今までも可能な限り母と妻に手紙を書いた。だが、こうなった今、どうしても書かないといけない手紙が出来た。  薄れる意識の中、手当をしてくれている医師に必死に手を伸ばす。 「先生……紙と鉛筆を……」  隣で聞いていた従軍看護婦が、紙の切れ端と鉛筆を取りに行き、医師に渡す。 「申し訳ない、もうこれしかなかったようです」 「ありがとう……先生」  受け取った切れ端は小さく、書ける文字数が限られており、沢山の想いは残せない。  医師と看護婦に支えられながら、震える手で最期の手紙を書き始める。  書き終える頃には、もう声も出なくなっていた。 「必ず届けます。お国の為にありがとうございました」    
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加