想いを馳せて 〜父と母と子、それぞれのあと一回

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 玉音放送が流れる中、一人の妊婦が出産でいきんでいた。 「もうすぐだよ! 頭が見えてる!」 「んアァァァーーーッ!!」  産婆が赤子を取り上げ、部屋には元気な男の子の泣き声が響き渡った。 「テルちゃん! とっても可愛らしい男の子だよ!」  テルは息を切らしながら隣に寝かされた赤子を見る。 「はあ……はあ……はあ……」  何も言葉が出てこなかった。  妊娠が分かり、喜んでいたのも束の間、赤紙が届き夫は戦地に連れて行かれてしまった。まだ帰らぬあの人は、この子が生まれた事を知らない。  出産を終えてもなお、いや、この小さな命を目の前にして、出産前よりも一層、今後の不安に身体が緊張している。 「テルちゃん、この子の名前は?」  産婆にそう聞かれた時、姑が頬を紅潮させて部屋に入ってきた。 「テル、戦争が終わったよ! 一郎が帰ってくる!!」  テルは身体中の力がするすると抜け、一気に涙が溢れた。  日増しに激しくなる戦争の中で、大きくなるお腹と、いつ訪れるかわからない陣痛に毎日が恐怖だった。広島と長崎にはとてつもない数の死者や負傷者を出した爆弾が落とされた。  もしも、防空壕で産気づいたらどうしたらいいのか……もしも、出産中に爆撃があったらどうしようか……もしも、誰もそばにいなかったら……。  一人でこの子を育てなくてはいけなくなったら、どうやって生きて行けばいいのだろう。  だが、戦争が終わったのだ。  テルの心は高鳴り始める。 「戦争が終わった……一郎さんが戦地に行ったのはほんの数か月前。絶対に生きています。もう死ぬ可能性はなくなった。よかった……本当によかった……」  テルは安堵で緊張の糸がプッツリと切れたようで、嗚咽して泣きながら、我が子を見つめる。 「良かったわね。あなたの名前は、お父さんが帰ってきたら決めてくれますよ」    
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