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終戦から五ヶ月、新しい年を迎え、赤子も首がすわった頃、テルの元に一通の手紙が届いた。
『死亡告知書』
本籍地 東京市小石川區
所属部隊 日本陸軍第●●師団
陸軍伍長 九堂一郎
右 昭和二十年 八月八日 ニューギニア島において戦死せられたので、通知致します。
留守擔當者 九堂テル 様
それは、テルの夫が終戦のわずか七日前に戦死していたことを伝える通知だった。
通知を読み、崩れ落ちたテルのもとに、今度は来訪者が訪れた。
「ごめんください。こちら、九堂一郎さんのお宅でしょうか?」
誰かが玄関の方から夫の名を呼んでいる。立ち上がる事の出来ないテルに代わり、姑が玄関へと向かった。
テルは死亡通知書をくしゃくしゃに握りしめ、声を上げて泣いた。
「一郎さんっ! 一郎さんッ!! 一郎さんが死んでしまった!!」
大声を上げて泣いたので、その声に驚いた赤子も一緒になって泣き始めた。
テルが泣き崩れる部屋に、玄関からバタバタと足音が近づいてくる。バンッと襖が開けば、姑と見知らぬ中年男性が立っていた。
「テル……」
姑がテルの元まで来て、手を握りしめる。
「しっかりおし。テルにお客様だよ」
「……私に?」
姑に言われ、襖のそばに立つ男性に目を向ければ、彼は帽子を取り、頭を下げた。
「戦地で九堂一郎さんの最期を看取りました、医師の仁木と申します」
「一郎さんの最期を……?」
「はい。引き揚げ船で帰国して、戦地で預かった手紙を順番に届けている最中で、戦死から数ヶ月過ぎている事お許しください」
仁木はテルのそばまで来て正座し、鞄の中から手紙とは言い難い、二つ折りになった紙の切れ端をテルに差し出した。泣いていた赤子は姑にあやされ泣き止んでいる。
テルはその切れ端を手に取るが、表に書かれた宛名が見知らぬ名前で少しホッとした。
「これ、宛名が聞いた事ない方ですし、先生の看取った方は主人と同姓同名だっただけで、まったくの別人では?」
「いいから、読み進めてください」
「ええ……?」
戸惑うテルは、正直読み進めたくなかった。もしこれが本当に一郎からの手紙であったら、これは彼の最期の言葉。最期の言葉は自分宛ではなかったのだ。
ただでさえ、彼の死に打ちひしがれているのに、彼が最期にこの小さな切れ端に想いを込めたのが自分ではなかったと知れば、きっともう二度と立ち上がることが出来ない気がする。
『和 様』
テルはそう書かれた紙をゆっくりと開いた。
『お母さんの言う事をよく聞き、勉強に励み、お母さんを大切にし、私に代わって守り支えなさい。幸せを祈る』
テルは喉元が一気に熱くなり始め、必死に涙を堪えた。
でも、自分の勘違いかもしれない。
だから、先生からあともう一回確認するまでは泣けない。
「先生……これは、本当に九堂一郎の書いたものですか……?」
仁木は頷いた。
「ええ、九堂一郎さんが最期の力を振り絞って書き上げた手紙です。あそこでおばあさんにあやして貰ってる、お二人のお子さん宛でしょう」
それは、抱きしめることも出来ず、その目で見る事も叶わず、産まれたことすら知ることも出来なかった我が子へ宛てた、父・九堂一郎からの最初で最後の手紙であった。
テルは流そうと思っていた涙をぐっと呑み込み、顔つきを変え、仁木に三つ指をついて深々と頭を下げた。
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