コードネームはスイーツ。

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コードネームはスイーツ。

 限られた先着順とその前に並んだ途方もなく感じるほどの待ち時間。  ようやく手に入れた甘美な限定品を大切に大切に抱きしめ、男は商店街の中を歩いていた。  人通りのない裏の路地。いつもであれば、もはや職業病とも呼べる警戒心を全神経に張り巡らせて闊歩するその場所を、限定品を持ちつつ浮き足立って歩いてしまったのがそもそもの原因だった。  殺気立った気配。気づいた時には相手の鋭い蹴り。なんとか箱のブレは最低限に抑えつつそれを避ける。  互いに向き合う。目の前の相手は、男が抱える限定品をゆっくりと堪能した後に始末しようと計画していた、殺しのターゲットだった。  おもわず、舌打ちを漏らしたくなる。  抱える箱を死守しつつターゲットと殺し合うことは、さすがの男でも難儀なことだった。男は箱をそっと暗い路地の隅へと置き、改めてターゲットと向き合った。  隠し持っている武器はナイフのみ。これをどのタイミングで出し、ターゲットの急所へ素早く、いかに確実に刺し込むか……。  ターゲットが距離をつめてくる。そして、それは起こった。  隅に置いておいた限定品の入った箱の側に、なんとカラスが一羽舞い降りてきて、男の大事な大事なその箱を、無情にもつつき始めたのだ。  もう仕事と私情が男のなかで鋭い殺気となって撹拌し、瞬間、隅に放ったナイフは見事に箱をつついていたカラスの急所ど真ん中へと突き刺さった。その隙に放たれた男の拳を軽々と避け、そのついでのように、男の渾身のツキが正面の男の喉元へとヒット。男は一瞬にしてその場に倒れ込む。男の意識がないことを慎重に確認した後、すぐさま、男の身柄への適切な始末と回収業者への連絡。そのすべてを終えたのち、自らの欲望のためにその尊い命を奪ってしまったことに申し訳なさを感じつつ、カラスの死骸に手を合わせた。そしてようやく、横の少し崩れた純白の箱へと両手を伸ばす。  緊張の面持ちで中身を確認。職人芸の成せる、美しい、惚れ惚れするほどのその形を、一切崩すことなく。  デコレーションケーキが腕のなかで光り輝いているように、男には見えた。  浅く息を吐く。同時に、どこからともなく漂ってきた甘い匂いが鼻腔をくすぐる。  おもわず浮足立つのを止められず。先ほど始末した男のことなどもすっかり忘れ。ケーキの箱を優しく抱えつつ。  甘い匂いのする方向へと、歩を進めた。  こんなことだから同業者に。 『スイーツ』などと妙なコードネームをつけられるのだ。
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