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ポケットのなかの刃
僕は今日も、暗いポケットの中で、一日を過ごすことになるのだろうか。
僕を掴んでいる彼の手が、今日も僕の中の刃を、出したり戻したりを繰り返している。
その手は、時には力がこもり、時には震えていた。
僕の持ち主の笑った声を、僕は買われた当初から、一度も聞いたことがない。
ポケットの外から聞こえてくる声と言えば、彼ではない他の誰かが、彼を傷つける言葉だけ。そんな時は決まって、彼の手がポケットの中の僕を力強く掴み、なかの刃を出そうと指を添える。だがそれで終わり。僕が凶器となって、ポケットの外へ出ていったことは、今のところない。その度に、僕は安堵した。
彼が僕を使って、人を傷つけなくて良かったと。
……僕の本来の居場所は、ポケットの中では、ないと思うんだ。
いつか彼が僕をポケットのなかから出し、僕が本来収まってるべき場所へと戻ることができるだろうか。
そしてそのなかで、彼の心から笑った声が、聞ける時がくるのだろうか。
早くポケットの外へと出たい。
彼の、心から笑った声が聞きたい。
ポケットのなかの僕ができることは、ただそう、願うだけだ。
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