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1 朝の風景
その日もいつも通りの目覚めだった。窓の外からは小鳥のさえずる声が聞こえる。『ど』はつかないまでも、田舎と言って差し支えない街では、中心地でも緑が多い。葉の家も裏路地を入った先とはいえ、市役所や文化ホール、市民センターが集まる中心地にあるのだけれど、家の敷地内には何本か木があって、野鳥たちの絶好の住処になっていた。
一人用にしては広いキングサイズのベッドの上で目覚めた葉は、長い髪をかきあげた。まだ、頭はしっかりと覚醒してはいない。
手を伸ばして、シーツの上をぱたぱた。と、はたいて、そこに在るはずの人を探す。けれど、その指先には何も感じない。目を開けて確認してみても、昨夜一緒に眠りについたはずの恋人の姿はなかった。
そういえば、今日は朝から彼の祖父のお使いで少し遠出すると言っていた。
起こしてくれればいいのに、黙って行ってしまったことを、少し恨めしく思う。顔が見たかった。行ってらっしゃいと言いたかった。
恋人である貴志狼は葉に対して少し過保護なところがある。大切にしてくれると言えば聞こえがいいのだが、少しも無理をさせてはくれない。少しくらい早起きして恋人のために朝食を作って、行ってらっしゃいとキスの一つもして送り出したいのだけれど、いつの間にか目覚ましは止められていて、気付くともう、貴志狼は出かけた後なのだ。
今日こそは。と、満を持していたけれど、やっぱり目覚めると貴志狼はいなかった。
別にそんな貴志狼の優しさを責めるつもりなんてない。ダメだというつもりもない。
貴志狼は葉を甘やかすことがまったく苦にならないことを葉は知っていた。いや、どちらかというと、葉を甘やかすことに喜びを覚えているのも知っている。
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