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夏は終わろうとしている。
大学に戻る日が近づいている。
帰る前に、どうしても海が見たかった。高校時代、よく来た堤防だ。
ひだスカートが海風に巻き上げられそうになり、カモメが頭上すれすれに飛んでいく。近くのファーストフードでハンバーガーを買って、海を眺めながら食べて。
時には、ひっそりと涙を零したりして。
いつでも、海には一人で来ていたなあ、と、思う。
高校時代、帰りの電車を途中下車して堤防に寄って、座って波の音を聞きながら少し泣いた。
なんで泣いていたのか、もう思い出せない。
「海にはいつでも、一人でくる」
波の音が高くて、小声の独り言なら呟けそうだった。
犬の散歩の人とか、ジョギングの人とかが通る場所だけど、今はひっそりとしている。
テトラポットが溜まった場所は遠くて、波は思い切り高く白い潮水を立ち上げていた。
そっと堤防を降りて、波がかかりそうなところまで来て座った。
ジーンズのお尻を太陽に焼けたコンクリに降ろした時、さらりと衣擦れの音をたてて、すぐ側によりそうように腰かける気配がした。
もちろん、誰もいなかったけれども。
「一人でくるんだもの、海には。今までも、これからも」
また、わたしは呟いた。
カモメが頭上を飛び、海に向かって去った。力いっぱい、翼を広げながら。
「生きていたら、わかんないわよ。ずっと同じじゃ、ないわよ」
それは、わたしが知らずに呟いた独り言だったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
波の音が作り出した幻聴だろうか。
さらりと黒い髪の毛が頬を撫でたようだ。
思わず手で顔に触れたけど、波風があまりにも強くて、幻想も現実も、なにもかもが曖昧だった。
波が光を反射するので目を細めたら、白い飛沫が薄い膜のように靄立ち、一瞬、その向こう側が見えた気がした。
靄のように薄い、境界線の向こうで、君がわたしを見ている。
境界線がこんなに曖昧だなんて。
隔てる壁がこんなに薄いなら、いつでもそこに手が届きそうだ、なんて。
そう思っていたけれど、あっという間に波は崩れて、目の前には現実の荒い海が広がっていた。
ずっと同じじゃないわよ、同じじゃないわよ。
ひとつとして同じ形のない波が、どんどん打ち寄せては砕けて消えていく様を飽きもせず眺めながら、わたしは涙を零していた。
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