1 よろずや

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 「……で、隠れようとして入った公園で、崇道とぶつかった……と」  古びたちゃぶ台には、湯気がふわりと立ち、香ばしい香りが漂う玄米茶が入った湯呑み。    「よろずや」の店舗の奥にはリビング…というよりは、お茶の間という言葉がぴったりとくるような、畳敷きの空間があった。  そこで、お茶の香りに包まれつつ、ここにくるまでの経緯を話していたのだ。  唯子の前に置かれた湯呑みの横には、名刺が一枚置かれている。  「よろずや 天原佑(あまはらたすく)」  それしか書かれていない、シンプルなものだ。  唯子の正面に座っている男性…天原佑は、メガネのブリッジを指で押し上げ、唯子に微笑んだ。  崇道は唯子の向かって左に座り、右にはナミが座っていて、慣れた様子で玄米茶を飲んでいる。  「それは大変だったね。……そうだな。まず言えることは、、気を楽にしてくれていいよ」  古い日本家屋、笑顔の佑の後ろには、縁側があり、その向こうには小さな庭。  家の作り的に、良い意味での「隙」があり、そこが魅力なのだが、セキュリティという面では、少々不安が残る……はずだ。  だが、不思議と、ここは本当に安全なのだという、がある。  「あ、あの……」·  おずおずと、唯子は右手を上げた。  「ん?何かな?」  「さっき、崇道さんも、佑さんも言っていた、柱宿りって、何ですか……?」  佑は、立ち上がるとちゃぶ台の上、照明から伸びるヒモを持ち、引く。  かちり…という軽い音と共に、室内が柔らかな光に包まれる。  佑は、再び座布団に座ると、少し考え込んだ。  「……そうだな。唯子ちゃんは、『八百万(やおよろず)(かみ)』って言葉、知ってるかな?」  「八百万の……神?」  「そう。人々は遠い昔から、果てしなく広がる空、降り注ぐ太陽、恵をもたらす海や、命を育む大地……沢山の恩恵を与えてくれる一方、時には荒れ狂い、圧倒的な力でねじ伏せる……そんな自然に畏怖と尊敬の思いを抱いて、神様として崇めて来たんだよ」  ナミが、湯呑みに新たに玄米茶を注ぐ。  ふわりと、湯気と香ばしい香りが広がる。  「ありがとう、ございます」  にこっとナミは、懐っこい笑みを浮かべた。  「……それだけじゃないね。君がここに来たような、人と人との縁や、勝負の勝ち負け、日常生活の中にあるものの中にも、神様はいると、信じられてきた」  「えっと……八百万……人?の、神様がいるって事ですか?」  「八百(やお)っていうのは、とても数が多いという意味なんだよ。(よろず)ていうのは、沢山の種類っていう意味。つまりはとても数が多く、色々な種類の神様……というのが、八百万(やおよろず)の神……というわけ」  崇道が、静かにお茶をすする。  そして、佑は静かに微笑む。  「………そして、『八百万の神』は、本当に」  室内に、サーっという音と共に、少し湿った、冷えた空気がどこからともなく漂ってくる。  どうやら、雨が降り出したようだ。  「え…?」 
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