桜の木の死体

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 今回のターゲットは最近メディアにて姿を見かけるようになった新人五人組アイドルグループ。その一人、相沢穂香。彼女の裏の顔を見たいと願う人間は多い。勿論、記者達はその筆頭だ。  私も例に漏れず、彼女の経歴を漁り、交友関係を重箱の隅をつつく以上に更に突きまくり、明くる日も明くる日も張り込みに励んだ。  彼女の汚点は中々見つからない。  最終学歴は私立大学卒業。在学中に友人である現リーダー、湯川愛理に誘われ、アイドル活動を始めた。当時から目立った不祥事はなく、男どころか友人の影すら見当たらない。彼女の友人だと名乗り出るものは、現在同グループに所属しているメンバーのみだ。  芸能界に入ってからも交友関係は真っ白そのもの。グループ外で懇意にしている業界人、仲が良い同業者。誰一人見当たらない。付き合いもあまり良いとは言えず、撮影の打ち上げには参加するが、二件目まで付き合うことはない。最終的には人間の繋がりがものを言う芸能界で、このまま食っていけるのかと記者の立場もうっかり忘れ、心配しそうになる。  ふと、一つの考えが過る。  まさか。まさかだが、彼女、交友関係が乏し過ぎて、ゴシップが無いんじゃないか? 友達がグループ外に存在しないんじゃないか? 恋人のことを「自分には存在しない概念」とか呼んでいないか?  相沢の生活は基本、ドアtoドアで成り立っている。マネージャーが各自の家にまで迎えに来て、一人ずつ現場に連れていく。公共交通機関も使うものの、本当に芸能人か? と疑いたくなるくらい、地味で陰気でオーラが無い。尾けているから分かるようなものだ。芸能人の変装ならば優秀なんだろうけれども。車から車の生活で、そこから外れることの無い真っ直ぐな帰路。  桜の下の死体を暴いてやろうと思ったら木の下は虚でした。なんて、洒落にもならない。  だから、死体を埋めてやろうと思った。  ありもしないでっち上げで醜聞を書いてやろうと、写真を撮った。一度弱みを握り、私に強く出られないとある男性俳優を使い、彼女のマンション前でのツーショットを作り上げた。  美しさには相応しい醜さがあるべきなのだ。そうだろう?  気がついた時には私の四肢は動かなくなっていた。俳優も私の隣で物言わぬ姿になっていた。  波の音がする。周辺も見覚えがある。勇魚湖だ。相沢のマンションからは車で三時間といったところだろうか。  勇魚湖は都から離れた田舎の国道沿いにある湖で、湖周はジョギング・サイクリングコースの整備が進んでいる。最近、健康に気を遣う人達が増えてきたので、日中は老若男女問わず色々な人の姿が見られ、そもそもがインターチェンジに近い場所なので車通りが多い。  しかし、夜中になればただの寂れた道路でしかない。インターチェンジに近いとは思えない程、街灯か少ない。田舎らしい車社会の道路状況。近くには店らしい店すら殆ど無く、コンビニと飲食店が数十メートル置きに点在しているだけ。  そして、これは地元の人間であれば殆どが知っていることであるが、勇魚湖には底が無い。正確には、河川からの土砂の流入と浚渫事業の滞りにより、水深は年々浅くなっているが、元々の底には辿り着いていない。底なし沼になっているのだ。  相沢ともう一人、グループリーダーの湯川愛理が私達を見下ろしていた。車のヘッドライトのみで照らし出された二人の姿は薄ぼんやりと闇夜に浮かび上がっている。 「愛理ちゃん、ごめんね」 「なんで謝るの。私達は悪くない。他人のプライバシーをなんだと思っているんだか」  湯川が私の腹の辺りを蹴り上げた。なかなか強い力で蹴られたのだが痛くはない。 「殺されても文句はないでしょう」  感情の全てが抜け落ちた様な湯川に怖気が走る。だが、声は出ない。冷や汗も流れない。そうか、私の身体は既に息絶えているらしい。  ただの湖であれば、どんなに頑張って死体を沈めたところで腐敗ガスやらで浮き上がってくる可能性があるが、勇魚湖では沈んだ端から土砂が積もっており浮き上がれない。発見は遅れる。浚渫事業も既にあってないようなものになっている。死体を隠すにはもってこいだ。  相沢は黙って、湯川の言葉を聞いている。どこかうっとりとした様子で相沢を見つめている。  やはり、桜の下には死体が埋まっているのだ。  自分は正しかったと思うと同時に、猛烈な悔いが押し寄せてくる。  何故、私は、これを記事にできないのだろうか。
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