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ex6. 君のSPLASH (2/4)
珊瑚が揺れてる。
ゆらゆら、水の動きに合わせて。エアーポンプの作り出す泡とさざ波の流れに応えるように、従順に。
俺は珊瑚のその揺らぎが好きだった。水の流れに逆らうことなく、でも触れようとしてもするりとかわされてしまう、その掴みどころのない動きに子供だった俺は魅了されて、いくら眺めていても飽きなかった。
『じーちゃん、俺もこれ飼いたい! このいちばんキレイなピンク色のやつがいいな』
だから俺は、早く大人になりたかった。大人になったら働いて金をいっぱい稼いで、いつか絶対にあの珊瑚を買うんだ。
もちろん、買ったからには俺が責任を持って大事にする。窮屈な思いをさせないように大きな水槽を買って、いつも綺麗な水で満たして、本物の海の中と同じような環境を整えてやって。それで、朝も夜もずっと眺めて過ごすんだ。だって、俺だけのものなんだから。俺が買ったんだから。
ああ、世の中の全てが金で買えるものだったら、こんなことで思い悩む必要もなかったのかな。
金さえ払えば自分のものにできるなら、きっと俺は惜しみなくいくらでも払ってた。
手間暇かけて大事にした分だけ俺を好きになってもらえるのなら、きっと俺は自分の時間を全部差し出すことも厭わないだろう。
好きなのは俺だけだよって、他の奴のものになんかならないよって、心からそう言ってくれるなら俺は金も時間も全部やる。ちっとも惜しくなんかない。
『難波さんって、今まで付き合ってた子たちに「重い」って言われたことあるでしょ』
重い? それがどうした。何が悪い。愛が重いって、好きなら当たり前のことだろ。
だって俺はこんなに好きなのに。お前はそうでもないのか。
好きって、どうしていつも二つのつり合いがとれないんだろう。いつだって重いのは俺の方。
「難波さーん、お風呂出たよ。入っちゃって」
遠くから聞こえてきた声に意識を呼び戻され、ふと瞼を上げる。いつの間にかソファの上で横になったままうたた寝していたようだ。さんごがさっき畳んでいた洗濯物のタオルを枕にしている、どうやらこれがあまりに心地よくて眠ってしまったらしい。
「……」
起き上がろうとして、やめた。さっきのさんごとの会話を思い出し、時間差で恥ずかしくなってきたからだ。後悔先に立たず、なんであんなこと聞いちゃったんだか。俺のアホ。
「難波さん? ……寝てんの?」
さんごが部屋に入ってくる気配がする。完全に起きるタイミングを逃した俺は、狸寝入りを決め込むほかなかった。バレないように寝息まで立ててみたりして。
目を閉じてるから見えないけど、気配や微かな音からソファの前でさんごがしゃがみ込んだことは分かる。もしかして今、俺の顔めっちゃ近くで覗いてる?
「難波さん」
「……」
寝てるって、見れば分かるだろ。さんごの吐息がすぐ近くで聞こえる。シャンプーの匂いがして、周りの空気が少しだけ熱くなったような気がした。
「……好き」
――え。
心臓がドクンとひときわ大きく脈打ち、心拍数が上がっていく。ヤバい、これ、さんごに聞こえるかな。
せめて寝息だけはリズムを乱さずにいないと、そう思って必死に呼吸を落ち着かせようと焦れば焦るほど心臓の動きは速度を上げていくばかりでどうすることもできない。
って俺、なんでこんなにドキドキしてんだよ。たかが好きって言われたくらいで。
「好きだよ。……ん」
「……っ」
さんごの匂いがいっそう強くなったと思った瞬間、柔らかいもので唇を塞がれた。その感触はすぐに離れていったけど、触れたところはいつまでも熱をもって燃えるように熱いままだった。
な、何なんだ。何なんだよ、この状況は。
こいつの方からキスしてくることなんて滅多にないのに、なんで突然。
「起きてんでしょ、難波さん」
おそるおそる目を開ける。
風呂から上がったばかりでまだ赤い頬をしたさんごは、何故か少し不機嫌そうな目で俺をじっと見ている。その視線に耐え切れず逃げるようにごろりとうつ伏せになって、畳まれたタオルに顔を埋めた。
「……んだよ、お前」
「難波さんが言ってほしいって言ったんじゃん」
「寝てる時に言うなっつの」
「起きてるし」
なんだよ、とっくにバレてたんなら言えって。寝たふりしてた俺がすっげーバカみたいじゃねえか。
「お風呂の中で、思い出してみたけどさ」
さんごは俺に背中を向けると、ソファにもたれかかって床に座った。
「確かにオレ、難波さんに好きって言ってなかったけど……難波さんだってそんなに言ってくれてないよ」
「そ、そんなことないだろ。俺はちゃんと言ってるぞ」
「言ってないよ、オレって記憶力いいもんね。初めて好きって言われた時の一回きりだよ、間違いないから」
そんなはずはないと言いたいけど、確かに俺自身もその一回しか身に覚えがない。俺たちよくこんなあやふやな状態で付き合ってこられたな。
「別に好きって言わなくても、オレの気持ちなんて分かるでしょ?」
「まあ……分かる、けど」
そっと顔を少しだけ上げてさんごを見る。濡れた髪からわずかに覗く耳は、ほのかに赤い。
「それとも難波さん、オレの気持ち疑ってんの?」
「ちっ、違うって。そんなんじゃないよ」
「じゃあなんで急にあんなこと言い出したの」
隠すような理由でもないし、もういいか。松山と話した内容をかいつまんで説明すると、さんごは俺に背を向けたまま深いため息をついた。
「なんだよ、そのため息は」
「だってさあ……難波さんも松山さんも、本当に三十過ぎてんの? しょーもなさ過ぎて、逆にビックリっていうか」
「しょうもなくはないだろ。いくら分かりきってることでもきちんと言質はとっておく、それは仕事でも基本中の基本だぞ」
「なに言ってんだか。要は難波さん、松山さんののろけ話に感化されただけじゃん」
「う……」
ぐうの音も出ない。
さんごはふと振り向き、まだタオルに顔のほとんどを埋めている俺を見て、あ、と声を上げた。
「ちょっと難波さん、それせっかく洗ったんだから枕にしないでよ」
「え~、いいだろ少しくらい」
「だめだめ、ほら起きて」
さんごに追い立てられて渋々身体を起こし、ソファの端に寄って深く座る。さんごはそのタオルをしまうために寝室へ行くのかと思ったのだが、何故かそのまま立ち上がろうとしない。床に座ったまま、俺をじっと見上げている。
「……? なんだよ」
すると、腿の上にするりとしなやかな手が伸びてきた。部屋着のスウェット越しにさんごの細い指がゆっくりと這う感触に、背筋がぞくりと震える。
目が合った瞬間、さんごは唇の端を少し上げて妖艶に微笑んだ。
「そんなにオレの気持ちが知りたいなら、教えてあげよっか」
俺の返事を待たずに、さんごは俺の穿いているスウェットをずり下ろそうとしている。何をしようとしているのかすぐに理解し、あわててウエスト部分を引っ張って阻止した。
「ばっ、バカやめろ! 俺はそんなつもりで言ったんじゃ」
「きっと難波さんはさ、オレがいくら言葉で言っても足りないと思うんだよね。確かに言葉で伝えるのも大事だけど、やっぱこういうのは行動で示した方が分かりやすいんじゃない?」
「いや、でも……」
以前さんごに初めて口でしてもらった時のことを思い出した途端、腰の奥がざわっと波立つ。まだ触られてもいないのに、そこがひどく熱をもっているのが分かる。
「フェラされるの、まだ抵抗ある?」
「そうじゃなくて……俺、風呂まだ」
「大丈夫だよ、ちゃんとゴムして舐めるから。ほら」
どこから取り出したのか、さんごは見慣れたコンドームの袋を指でひらひらと振って見せた。
正直言ってさんごの気持ちは大変嬉しいのだが、やっぱり風呂に入ってない状態でしてもらうのは大いに抵抗がある。さんごだって嫌だろう。それなのにきっぱりと断ることのできない俺は、なんて弱い人間なんだ。自分で自分が嫌になる。
さんごはそっと立ち上がり、俺の腿の上にまたがってソファに膝をついた。シャンプーの香りとさんごの匂いが溶け合い、さんごの体温で温められ、その得も言われぬ甘美な匂いに頭がくらくらしてくる。
肩に手を置かれ、ゆっくりとさんごの顔が近づいてくる。
「でも、勃たないとゴムつけらんないからね。頑張ってよ難波さん」
「ん……っ」
『……難波さんのキス、すごかった。もう一回してよ』
そう言えばさんごと初めてセックスした時も、今みたいにこのソファの上でキスしたっけ。
ぼんやりする頭であの時のことを思い出しながら、そっと目を閉じてさんごの体温と感触に意識を預ける。
「んん、っ……んう、ふあ……っ」
「……っ、んん、ん……」
あれからもう数え切れないほど唇を重ねてきたけど、相変わらずさんごのキスはたどたどしくてぎこちなくて、お世辞にも上手いとは言い難い。
でも今は、ちゃんと分かる。こいつはいつも懸命に俺に応えようとしてるって。
それは言葉になんかしなくても伝わってくる。だから俺はさんごとキスする度に、すごく満たされた気持ちになる。
もしかして今まで俺たちが『好き』って言葉をほとんど口に出してこなかったのは、それが原因だったのかもしれないな。キスしたり触れ合うだけでお互いの気持ちなんて充分伝わるから、わざわざ言葉にする必要がなかったってだけのことだったんだろう。
「……はあ……」
肩を掴んでいたさんごの両手が首の後ろに回ってきて、俺の頭を抱き寄せるように抱え込んでいる。中途半端な位置で腰を浮かせて俺にまたがっているさんごの膝がもぞもぞと小さく揺れていることに気付き、少しだけ目を開けて視線を下に向ける。さっきから腿に押し当てられる感覚でとっくに気付いてたけど、さんごのそれは穿いているハーフパンツの上からでも分かるほど硬く張りつめていた。
「んん……っ、ん……」
ひどくじれったそうに、俺に何かを訴えかけるように、さんごは昂った自分自身をしきりに俺の腿に擦りつけている。その度にさんごは喉の奥で愛らしく喘ぎ、切ない声を漏らした。
こいつ、キスしてるといつもこうやって俺に当ててくるんだよな。わざとやってんのか、それとも完全に無意識でやってんのか。もし後者だとしたら本当にタチが悪いというか、末恐ろしい奴だと思う。
(……今までヤった男にも、こういうことしてたのかな)
考えたくない。だけど、どうしても考えてしまう。嫉妬心とか独占欲とか、そういうものはきっと消せないんだろう。だから自分の中でそういう感情にどうにか折り合いをつけていかないと、分かってるけど俺はそこまでできた男ではない。
不意にさんごの唇が離れて、はっと我に返る。吐息が触れ合うほど近い距離で、さんごのとろんとした目が少し戸惑ったように揺れていた。
「……なんば、さん?」
「あ……悪い」
しまった、余計なこと考えてたせいでキスに集中できてなかったのがバレてる。咄嗟に謝ったのがかえって不安を煽ってしまったらしく、さんごは乱れた呼吸を繰り返しながら下を向いてしまった。
ああ、最悪だ。もう過去のことは考えないって決めたのに、よりによってさんごとキスしてる最中に思い出すとか……なんでこんな時に。
「もう、大丈夫そうだね」
「えっ……あ、さんご」
するりと両腕が解かれる。またソファの下に降りると、さんごはそこで俺の方を向いて跪いた。うわの空でもしっかりと硬直していた俺の愚息を見てもさんごはいつものようにからかったりせず、どこか思いつめたような表情をしたまま黙って手を伸ばしてくる。
「さ、さんご。やっぱりいいって、汚いし」
俺の制止を聞かず、さんごは俺の穿いているものを膝の上まで引きずり下ろしてしまった。
「さっき何か、他のこと考えてたでしょ」
「いや……そんなことは」
さんごが慣れた手つきでさっきのパウチ包装の封を切り、取り出したゴムを俺に被せているのを、俺はただぼんやりと見ていることしかできなかった。
何故か責めるような目で真っ直ぐに見据えられ、何とも居心地の悪い空気が流れる。
「こっちの難波さんはこんなに分かりやすいのにね」
「なんだよ、それ」
さんごは答えず、俺に根元から指を添えると何の躊躇もなくそれを先端から咥え込んだ。
「あ……っ、く」
「んう……っ」
くそ、いきなり深く咥えやがって。まだ心の準備ができてなかったから、思わず変な声が出てしまった。あわてて唇をぎゅっと噛み締めてそれ以上声が出るのを押し止めようとした時、俺を咥え込んだままさんごがふと視線を上げた。
「……っ」
見るな、バカ。
そう言おうにも、今下手に口を開いたらまた声が出てしまう。
まだ濡れている前髪の隙間から覗く気だるげな目は、ただ俺をじっと見つめている。今の自分は一体どんな顔をしているんだろう、こいつの目にはどう映っているんだろう。さんごの目は虚ろで、俺の表情ではなくその奥にあるものを見ているようだ。心の底まで見透かされているように思えてきて、さっき考えていたことが全て筒抜けになっているんじゃないかと生きた心地がしなかった。
「……ん、んん……」
添えた指を器用に滑らせながら、さんごの窄めた唇は少しずつ俺を飲み込んでいく。薄いゴム越しに感じる柔らかい舌はひどく熱く、口の中を動く度に俺をいたぶるように絡みついてくる。ねっとりとした唾液はいつまで経っても熱を孕んだままで、さんごに舐められた場所の全てが異常に敏感になっているのが分かる。
「さ、んご……っ、やめろ」
「ん……んう、ん……っ」
さんごの頭を上から押さえてやめさせようとしても、手に全く力が入らない。俺の指はたださんごの髪をくしゃくしゃと撫でただけで、その栗色の髪の隙間からあの淡い桃色がちらりと覗いてまた消えた。
さんごはまだ俺を見ている。だけど、その目はさっきと少し違っていた。
「く、う……っ、さん、ご……」
明らかに戸惑っている。どこか縋るように俺を見つめる、熱を帯びた眼差し。汗で目の脇に前髪の毛先が張りついていて、いつもは白いさんごの肌がうっすらと淫靡な桃色に染まっているのをことさら強調しているようにも見えた。
何なんだよ。そんな目で見るな。
限界が近づいてきている。無意識のうちに脚に力が入ってしまう、踏ん張っていないとあっさりと達してしまいそうだったから。わずかに浮いた俺の片脚を腿の上から押さえつけ、さんごはこっちへ身を乗り出すように腰を上げかけた。
「んっ、ん……んう、んっ」
「……っ、さんご、待てって……っ、まだ」
「んう、んっ……ん」
突然さんごの動きが性急になり、急速に追いつめられていく。
ヤバい、このままだと。
ソファの座面のカバーを指先でぎゅっと握り、最後の悪あがきで抵抗する。
ここ最近仕事が忙しくてさんごとしてなかったし、疲れてる日が多かったから一人で抜く気分にもなれず、かなり溜まってるはずだ。いくらゴムつけてるって言っても、少しは外に溢れ出てしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。今イったらさんごの口の中に出してしまう。
背筋を何か冷たいものが駆け上がってくる。途方もなく大きな波が押し寄せてくる感覚に抗う術もなく、何かに縋るように握りしめていた指先がぶるっと震える。
「……っ、く」
だめだって、さんご。
俺は、綺麗なものを汚したくないんだよ。
「……っ、ん……っ」
あと少しで意識を手放してしまいそうになる直前、さんごの肩がビクッと震えた。それっきり、さっきまでの激しい口の動きも止まってしまう。肩透かしを食らったような気分になりながらも内心ほっとして、乱れた呼吸をどうにか落ち着かせる。
(あ……っぶね)
身体の奥で波が静かに引いていくのを感じ、小さくため息をついた。
ふと目が合った途端さんごはさっとうつむいてしまい、俺を咥えたままじっとしている。
「……? さんご、どした?」
様子がおかしい。
俺が声をかけると、さんごはゆっくりと口から俺を引き抜いた。そしておずおずと自分の股間に両手を下ろし、俺の視線から隠すようにそこを押さえている。
「ごめ……オレ」
さっき上げかけた腰を落とし、床にぺたんと座ってしまった。もじもじと膝を小さく揺らしているのを見て、俺はようやく事態を把握する。
「え……もしかして、イった?」
「うん……」
さんごはうつむいたまま、こくんと小さく頷いた。
ま、マジか。
こんなのエロ漫画の中だけの話だと思っていたのに、まさか実際に目の当たりにする日が来ようとは。
「でっ、でもお前さっきずっと、自分で触ってなかった、よな? 俺も触ってないし……」
何故かしどろもどろになりながらも確認してみると、さんごはようやく上目遣いに俺を見た。明らかに怒ってるその目で射抜かれ、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「……難波さんって、そういうの分かってて言ってんでしょ? スケベ」
さんごの頬は真っ赤になっている。本人も想定していなかった事態らしく、さんごはまた下を向いてしまった。
「あの、でも……なんで?」
この場合、恥ずかしい思いをしているのはさんごの方なのだろうが、さっきから俺もこれ以上ないほどめちゃくちゃ恥ずかしい。沈黙がひどく気まずくて耐えられそうになく、気が付けばそう聞いていた。
さっきの行為の中で、さんごがイってしまうような要素があっただろうか。雰囲気に興奮して、というのは分からなくもないけど、さすがにそれだけで達するってのは俺には理解しがたい。大体、さんごはずっと俺の顔しか見てなかったはずだし。
「だって……難波さん、すっごい気持ちよさそうな顔するから」
さんごは手の甲で口の周りを雑に拭いながら、ぼそぼそと呟いた。
「フェラしてるだけで、してる方がイっちゃうとか、今まで意味分かんなかったしありえないって思ってた。どうせAVの中だけの演出か童貞の妄想だろって、バカにしてたんだけど……」
そこでちらりと視線を上げて、俺を見る。恥じらうように戸惑って揺れているその瞳を見た瞬間、さっき引いたはずの波がまたざわざわと膨らみ出すのが分かった。
「今は、オレ……ちょっと分かる。エッチしてる時に難波さんが気持ちよさそうな顔してんの見ると、それだけでイっちゃうこと、あるから。たまに」
「……たまにかよ」
「二回に一回、くらい」
「それ、たまにって言わないだろ」
「うるさい。難波さんのスケベ」
「どっちがだよ」
ああ、くそ。
どうしよう、さんごがめちゃくちゃ可愛くてたまらない。
こいつが今までの相手たちにどんなふうに接していたかなんて、なんかもうどうでもよく思えてくる。気にはなるけど、今のさんごは確かに俺を好きでいてくれてるってことの方がよっぽど重要だ。そしてそれは疑う余地なんかない、確かな事実なのだ。
ちゃんと分かるし、ちゃんと伝わってる。もしこれが俺の勘違いや思い込みでしかなかったとしたら、この世界には本物と呼べるものなんて何ひとつないだろう。
「こっち、さんご」
「あ……」
さんごの両腕を掴んでそっと引っ張ると、さんごは抵抗せず素直に立ち上がった。俺の視界からそれを隠そうとしているのか、腿の付け根を押さえている方の手をそこから離そうとしない。
腰を両側から優しく押さえて座るよう促すと、最初はためらったものの遠慮がちにそろそろと俺の腿の上にまたがってきた。ソファの軋む音がして、さんごの匂いがむせかえるようにあたりに漂う。
「……難波さん、まだイってない」
寸止めされたままガチガチになっている俺を見て、さんごは少し困惑した表情を浮かべた。さんごの腰を抱き寄せて身体を密着させ、その匂いに誘われるように首筋に唇で吸いつく。
「っ……」
「なあ……いい? 挿れて」
さんごの身体がわずかに強張る。自分の呼吸が不自然に荒くなっていることに、その時初めて気付いた。
「ベッド行かなくて、いいの?」
「うん、ごめん。なんかもう……待てそうも、ない」
そのままソファにさんごを押し倒そうとして、さっきうたた寝していた時に枕代わりにしていた洗濯物のタオルに目が留まる。床に下ろそうと腕を伸ばしかけた時、さんごがそれを制した。
「いいよ、どかさなくて。……座ったまま、しよ」
「……大丈夫か? 無理すんなよ」
こくんと小さく頷くさんごも、さっきから吐息が震えている。熱を帯びた目が、もう一秒も待てないと俺に訴えかけていた。
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