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お前らが勝手に喚んだんだろ?
目を開けると大勢の知らない奴らに囲まれていた。
「……は?」
なんだここは?
誰だこいつら。
「召喚成功いたしました!」
「勇者様!勇者様だー!」
「勇者様万歳!国王陛下万歳!!ユーグリット聖国万歳!!!」
俺を囲む奴らは口々に叫び、拳を振り上げ、互いの肩を叩き合い、神に感謝する。
いやいやいや、何喜んでんだよ。
勇者って?誰が??
……まさか、俺が?
「お父様、やりましたね!」
「ああ、これで邪魔な魔族を追い払えるぞ!」
雄叫びの中聞こえた場違いな若い女性の声に首を上げれば、百人以上の人間がいると思われる無駄に豪勢な部屋で壮年の男と笑い合う若い女の姿が見えた。
彼らだけがいる三段ほど高いその場所はRPGやファンタジー系の漫画でよく見る玉座に似ている。
というかそのものズバリ玉座としか思えない。
二人の部屋に劣らず豪華な装いを見るにきっと彼らは王族で、壮年の男が国王なのだろうと推察できる。
そして下にいて俺の周りを囲んで騒いでいるのは魔術師や兵士のように見える男たちで、その輪から少し離れて指揮をしている宰相と騎士団長らしき二人の男が玉座と俺の間に立っていた。
周りにいる魔術師は俺を召喚するためで、兵士は俺が暴れた時に取り押さえるためとか、そんなところだろうな。
そのくらいは漫画大国日本の国民なら余裕で予想できる。
そしてこれが所謂『異世界召喚』というやつだということも否応なしに理解してしまった。
それは良い、いや良くはないが良いものとして一旦置いて置いておくとして。
「誰か俺になんか言えよ…」
いくらなんでも喚ぶだけ喚んどいて誰も状況を説明しないのはどうなんだ?
喜ぶ前に俺に言うことがあるだろうが。
「勇者よ、名は何と申す?」
周りから完全に置いてけぼりを喰らった俺に暫定国王が声を掛けてきたのはそれから五分ほど経ってからだった。
お陰で説明もされず放置されていた俺はだいぶ冷静になれたと思う。
だからこういう時素直に名乗ると名を縛られるという話があったことを思い出し、咄嗟に偽名を名乗ることにした。
「名乗るほどの者でもないので、今すぐ元の世界へ送還してください」
そう思ったのに口からは違う言葉が出てしまったようだ。
つい本心を語ってしまうなんて、俺ってなんて正直者。
一方向こう側、ユーグリット聖国だったか?の方はポカンとしていた。
そしてほぼ全員が気まずげに目を逸らした。
それだけで俺はまたも察して理解してしまう。
伊達に現代で異世界転移ものを乱読していた男ではない。
「それはできん。お前は勇者となってこの国を救うために我らに喚ばれたのだ」
国王は気の毒そうにこちらを見る魔術師や兵士と違い、頬杖すらつきながらふんぞり返ってきっぱりと俺の言葉を否定する。
ほらやっぱり、そうだと思いました。
しかもあの態度、こいつ俺のことを手駒扱いする気満々だ。
自分の都合で喚び出した異世界人に下手に出ようなんて思ってもいないに違いない。
「勇者様、どうか私達の話を聞いてくださいませんか?」
そして横にいる王女らしき若い女も丁寧な言葉とは裏腹に態度は父親と同じ。
つまり傲慢以外の何物でもなかった。
「私たちの国は今、魔族という脅威にさらされています」
その証拠にまだ俺が話を聞くとも言ってないのに勝手にしゃべり出した。
それは俺に拒否権などないということを表している。
「召喚の義によって選ばれた貴方の力で、我が国をお救いください!」
彼女はつらつらと埒もないことを散々喋りくさった後、最後にそう言うと同時に勢いよく両手を広げた。
天上の光を受けるような、ともすれば神々しいとさえ感じてしまいそうなその姿も、しかし今の俺には何の感動も与えなかった。
「そうは言っても俺は至って普通の人間です。魔族なんて倒せませんよ?」
異世界転移ものでよくある『世界を渡った時に特別なスキルが付与される』みたいなものがあるならともかく、俺は現代日本に生きるしがない社会人一年生だ。
「大丈夫です。世界を渡った者は例外なく勇者スキルを神から付与されます」
そう考えていた俺に答えたのは王女ではなく宰相らしき人物だった。
てかマジでスキルあんのかよ。
「それはどういうものでしょうか」
力のない俺なんていらないでしょ作戦は早々に頓挫したようだが、では俺にある力とは一体何なのか。
『例外なく』ということは恐らく過去にも同様の召喚をしており、その経験から彼らは勇者スキルなるものを把握しているだろうと思ったので、この中で一番詳しそうな宰相にそのまま問う。
「はっきりしているのは『あらゆる武器・魔法への適性』『全ての状態異常の耐性』そして『精神力強化』ですね」
彼はそう答えると手に持っていた分厚い辞書のような本を開き、懐から取り出した眼鏡をかけて読み始めた。
「えー、『異世界から召喚されし勇者はこの世界に存在するあらゆる武器を使いこなし、全魔法を習得することができる。また、毒や麻痺など全ての状態異常に対し高い耐性を持つ。さらに神により精神を強化されているため肉体的苦痛にも強く、不屈の心を持って邪を打ち払うものなり』とのことです」
ぱたん、と本を閉じた宰相の言葉を俺は反芻する。
『あらゆる武器・魔法への適性』があるということは、武器や魔法を使ったことがなくても誰かに指導してもらえばすぐに使いこなせるということだろうか。
そしていざ戦うとなっても毒も麻痺も魅了も混乱もなにも恐れなくていい、と。
そもそも『精神力強化』で恐怖心も抱かなくて済むのかもしれない。
すごいな、チートじゃないか。
精神強化については俺が今混乱もせず落ち着いて話を聞いて対処できていることが習得済みの証となるのだろうし、武器の使い方や魔法の練習の時にも役立つはずだ。
そうと決まればやることは定まった。
「わかりました。それなら俺は力をつけるために武器の扱い方と魔法を学びたいと思います」
考えがまとまった俺がそう言って笑えば、その場には希望に満ちた空気が戻ってくる。
「これで我が国は安泰だ!」「もう怯えなくて済むんだ!」という歓喜の声も至る所から上がりだした。
国王は変わらずふんぞり返っているが王女と宰相はほっとしたような笑みを浮かべ、騎士団長は大きく笑いながら近くにいた部下らしき男の背をベチベチと叩いている。
俺がこの場に喚ばれた時と同じくらいの熱狂が再び部屋に集う人々を支配した。
「勇者様、こちらが武具指導のライアス、こちらが魔法指導のサイファーです」
翌日、早速宰相に呼び出された俺は騎士団の演習場に連れて行かれた。
そして背も高けりゃガタイもいいライアスと、眼鏡の優男サイファーを紹介される。
今後はこの二人が俺の指導をしてくれるそうだ。
「騎士団副団長ライアスだ。剣と槍の使い方を指導する」
「私は第七師団団長のサイファーと申します。魔術の基礎から特大魔法まで全てをお伝えいたしますよ」
ライアスの方は騎士というより傭兵といった雰囲気、サイファーは見た目通りの学者肌と言った感じだろうか。
二人は俺を馬鹿にした様子もなく、かといって過度に崇めるでもない、ちょうどいい距離感を持ってくれている。
「俺は異世界から召喚された者です。名前はありませんので、ちょっと恥ずかしいですが他の方と同じように勇者と呼んでください」
もちろん嘘である。
ただ偽名を考えるのが面倒だっただけだ。
吾輩は勇者である、名前は今ない。
なんてな。
「では勇者様。先にこちらの水晶玉を手に持っていただけますか?」
この世界では誰にも通用しないことを考えていた俺にサイファーが占い師が使うような水晶玉を差し出す。
中に魔法陣が浮いているようなこともなく、いたって普通の水晶玉に見える。
「こう、ですか?」
俺は落とさないように両手でそれを持ったが、やはり特に変化はない。
一体何の意味が、と思ったところで突然水晶玉が淡く光り出した。
「よし、鑑定水晶よ、彼の者の強さは如何ほどか?」
一つ頷いたサイファーが水晶玉にそう尋ねれば、
『ごく一般の成人男性程度』
水晶玉からは音声で答えが返ってきた。
って鑑定結果、雑っ!
答え終わると同時に水晶玉の光は消えたが、まさかあれで終わりなのだろうか。
「ありがとうございました。もういいですよ」
終わりらしい、マジかよ。
俺がサイファーに水晶玉を返すと今日は剣の指導を行うのだと言われ、そこからはライアスの指示に従った。
俺がこの世界に来て訓練を始めてから三ヶ月が経った。
「鑑定水晶よ、彼の者の強さは如何ほどか?」
『もはやこの世に並び立つ者などいない程』
そしてその結果がこちらである。
三ヶ月で世界最強ってどんだけお手軽チートだよ。
そうは思ったが、同時にこれで俺がやりたいことを実行できるだけの力を得たということなのだから素直に喜んでおこう。
さて、いつ実行すればいいかね?
「素晴らしいですね。これなら魔王に負けることなど有り得ません。陛下に報告してすぐに討伐へ向かいましょう」
悩む俺にサイファーが目をキラキラさせながら言ってくる。
なんとタイミングのいい提案だろうか。
お約束通りいけば式典かなんかをやった後に国を挙げてパレードなんかを行いながら出発することになる。
この機を逃す手はない。
「わかりました。陛下へはいつ報告を?」
「今すぐ報告に向かいます。出発は恐らく三日後くらいでしょうが、その際簡単な壮行会を開き、陛下からお言葉と宝剣を授かりますのでそのつもりで」
「はい」
「では私は行きますが、出発まではご自由にどうぞ」
俺は走り去るサイファーを見送り、そのまま真っ直ぐあてがわれた自室へと戻った。
三日後、サイファーの言う通り壮行式典が執り行われ、俺は相も変わらず玉座でふんぞり返る国王から宝剣を賜った。
そして宝剣を握りしめ、その場で奴の首を刎ねた。
「きゃああああ!!」
父親の突然すぎる死を間近で見て顔を青くさせ、尻もちをつきながらみっともなく逃げ出そうとした王女にも剣を突き立ててそのまま切り捨てる。
「ゆ、勇者様!?」
「一体なにを!?」
慌てふためく国の重鎮たちも次から次へと切り倒した。
なるほど流石は宝剣、血脂で切れ味が鈍ることもなく、骨ごと切っても刃こぼれ一つしない。
「勇者!てめぇ何してやがる!」
そう言って俺の前に立ちはだかったのはライアス。
彼を初めて打ち負かしたのは、稽古を始めて一ヶ月経つか経たないかという時だった。
今では相手にもならない、俺の師匠。
「勇者様、一体どういうおつもりかご説明願います!」
そしてライアスと対になるよう俺の後ろを陣取ったのはサイファー。
彼もまた俺の師匠であるが、俺には勝てない人物だ。
しかし俺は二人に剣を向ける気はない。
「俺は勇者として俺をこの世界に喚ぶと一方的に決めて実行した奴らを殺した、それだけですよ」
だって彼らは俺の召喚に関わっていないから。
「自分勝手な理由で俺を喚んで戦場に立たせて自分たちは安全なところから傍観するだけ。そして成功すれば自分たちの手柄、負ければ俺の責任。もし俺が死んでもまた次の勇者という名のこの国の犠牲者の召喚を繰り返す。こいつらがやっているのはそういうことでしょう?だからその連鎖を断つために俺は召喚されたあの日、誰よりも強くなってこいつらを殺すことに決めたんです」
足元に転がる複数の人間だったものを見下ろしながら師匠である二人に淡々と告げる。
三ヶ月間隠していた俺の本心を。
そもそも俺は元の世界で異世界召喚ものを読んでいた時から不思議でしょうがなかった。
なんで異世界に転移した人たちは『望んでものいないのに勝手に喚んだ奴らのために働くのだろう』と。
中には国王が平身低頭して「自分は殺されても構わないからこの国を救ってくれ」というパターンもあって、これなら俺も絆されるかもしれないと思ったのもある。
だがこの国の王のように「文句を言うな。王である私の言うことは絶対なのだ」みたいなタイプもいた。
俺はそういう人間が大っ嫌いだったから、召喚されたあの日にこいつらを殺そうと決めたのだ。
ついでに三ヶ月の間に剣や魔法と共にこっそりこの世界について学んで魔族が悪ではないこと、こいつらが害される『かもしれない』ことに怯えて俺を喚んで滅ぼさせようとしたこと、そしてこいつらがこの世界の正義ではないことを知った。
ならばそれを排除して何がいけないというのか。
「俺はこいつらのせいで家族にも二度と会えず、失踪者扱いされ、いつか皆に忘れ去られていくんですよ?それがどれだけ悲しいことか、貴方たちにわかりますか?」
俺の言葉に正面に立つライアスは怯む。
「それだけじゃない。勝手に与えられた精神強化が、その悲しみさえも希薄にしていく。俺は何一つ失いたくないのに!」
後ろのサイファーを見れば、彼もまた傷ついたような顔で俺を見る。
「俺が何をしたって言うんだ!何の因果で知らない世界で、知らない奴らのために命を張るなんて役目を押し付けられたんだ!?」
俺はぐるりと振り返って周りで呆然としている兵士や魔術師、貴族に向けて声を張り上げる。
「てめえらのことなんか知るか!!てめえらの世界のことは、てめえらでなんとかしやがれ!!異世界人の俺を巻き込むな!!」
俺にはもう、何もないんだぞ。
家族も、少ないながら気の置けない友人も、面倒を見てくれた会社の人たちも。
思い出も記憶もあるのにきっとそれに縋るのは俺くらいで、会社の人たちから順に俺のことなんて忘れていくんだ。
何年も経てば家族だって俺がいない生活が当たり前になる。
じゃあ俺は何のためにあの世界に生まれて生きてきたんだ?
俺がいなくても正常に回る世界、そんなことは誰だって漠然と気がついているだろう。
自分一人いなくなったところで世界は滞りなく進んでいくのだと。
けれど、だからと言ってあの世界に俺が不要なわけではなかったはずだ。
膝が悪い母の代わりに買い物に行くのも、自分のと一緒に父親の車を洗ってやるのも、飼い犬の散歩をするのも、酒好きの友人のために美味い地酒を出す焼き鳥屋を探すのも、先輩の手伝いで会議の資料を作るのも、全部俺があの世界で得た、俺の存在意義だ!
ちっぽけでも、取るに足らないことでも、俺の役目だったんだよ。
それはこの世界での勇者の役目より、俺にとってはよっぽど大事なものだったんだ。
それを何の権利があってこいつらは突然奪うというのか。
自分で体験してみてもやっぱり不思議でしょうがない。
なんで異世界に転移した人たちは、こんな理不尽を受け入れられたのか。
俺の、人ひとりの人生を台無しされて、黙って受け入れなきゃいけないなんてこと、あるはずがない。
「だから俺は俺のために、俺の全てを奪った奴らを殺しました」
言いたいことは全て言い、やりたいことは全て終えた。
「もう後悔はありません。俺のことは処刑するなり魔族領に追放するなりお好きにどうぞ」
俺は宝剣を捨て、勇者の証として羽織っていたマントを脱ぐ。
「俺がこの国のために働くことは絶対にありませんから」
その後、所詮国王だって国の重鎮だって世界にとっては取るに足らない歯車の一つであったことが証明された。
だってこの世界の空は今日も青く澄んでいて、街では子供たちが笑っていて、王城の庭ではダリアに似た大輪の花が今が見頃と競うように咲き誇っている。
その光景は俺がこの世界に来た日と、何も変わらないものだ。
そしてそれを窓から眺める俺は今日もまだこの世界で生きている。
きっと、これからもずっと。
勇者という役目を放棄した、何の意味もない歯車として。
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