港町の歌姫

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「貴方が、猫使い?」 おや、英語が話せるのは都合が良い ただやっぱりその通り名は…強そうじゃありませんよね 先程までのステージでの歌声よりも遥かに幼く、服装も何処からどう見てもその辺りで見掛ける街娘さんだ 茶色のノースリーブワンピースに白のブラウス姿は、日本に残してきた秋ちゃんには悪いが、可憐と言う言葉がピッタリだ まぁ不本意ながら、それが僕の通り名です 「あたしは」 名乗ろうとしたのを制して 依頼内容だけで構いませんよ?ターゲットの名だけで、ね? 「ターゲット…と言うよりも助けてほしい」 は? 彼女の話を要約すると  一緒にアンダルシアに旅行に行く恋人を助けてほしいと  今夜20時にメトロのホームで待ち合わせしているのだが、どうも不安だと  自分も恋人も家族は誰もいないので向こうに永住したいと …人様の色恋沙汰に絡むのは本当は御免被りたいんですが… もう一件の依頼内容から、残念ながらやる気に満ち満ちている そのついでに歌姫の恋人を救えれば問題ない やり過ぎないように気を付けないと! 「ただ…お金があんまり…」 そう呟くとスペインの紙幣の束をそっとカウンターに 間違い無くこの酒場での歌以外にも仕事を掛け持ちして稼いだのであろう、虎の子のお金なのが丸分かりだ そしてそれを「はいそうですか」と受け取れるほど、僕は人間が出来ていない 差し出された紙幣を歌姫の手に戻す 「え?やっぱり、ダメ、ですか…?」 明らかに落胆した歌姫に、僕は首を左右に振った 報酬なら先程聞かせてもらった歌で間に合っています もしどうしてもと仰るなら、ギムレットを一杯ご馳走してください …我ながら気障だな…そう思ったが、歌姫の黒い瞳に浮かんだ涙と笑顔に、柄にもない事を言った言葉を良しとしよう 「ありがとう、ございます…彼を、カルロスをよろしくお願いいたします…」 囁くようにそう言って、恋人のヤサを教えてくれて、歌姫はスツールから飛び下りて店から小走りに出て行った 僕はと言うと、ギムレットのお代わりを遠慮なくご馳走になった
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