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02. 我慢しないで
「ごめんね、おにーさん」
「ん? 何が」
「おにーさんに迷惑かけないって言ったのに……オレ、いつも」
「風邪くらい誰だって引くよ。具合悪い時はそんなこと気にしないで、ゆっくり寝てな」
「だけど……」
「早く治して、元気な顔見せて」
「……うん」
もっと健康で丈夫な身体だったら、こんなことで悩む必要もなかったのに。おにーさんに迷惑かけることだってないはずだったのに。そんなこといくら考えたって仕方ないって分かってても、体調が悪い時ってどうしてもネガティブ思考に偏りがちだ。
ここ最近、季節の変わり目特有の極端な気温の変化に身体がついていけなくて、自分でも気付かないうちにいつもより疲れてたのかもしれない。おにーさんの言うとおり風邪くらい誰だって引くけど、オレの場合は一度体調崩すと普通の人より回復に時間がかかる。だから少し神経質なくらい体調の変化には気を配ってたつもりだったのに、結局こうやっておにーさんに迷惑かけちゃってるし。
ホントにオレって、一人じゃ何もできないんだな。自己管理もろくにできないなんて。
「何か食べたいものあるか? あ、布団これだけだと少し冷えるかな」
「あ、ううん。これでいい、大丈夫。まだお腹も空いてないよ」
さっきからおにーさんは、オレの身の回りのことをやり過ぎなくらいあれこれ気にかけてくれる。オレがいくら平気だよって言っても、おにーさんはじっとしてられないみたいだ。最初は嬉しかったし、すごく助かってるのも事実だけど、こんなに何でもかんでもやってもらってばっかりだとさすがにオレも申し訳なくなってくる。
今日だっておにーさんはせっかくお休みの日だったのに、朝からオレの面倒みてばっかりでちっとも休んでないの知ってる。もう夜だし、そろそろゆっくりしてほしいんだけど。
「何かしてほしいことあったら、遠慮しなくていいからな」
ベッドの脇に座ったまま、おにーさんはそっとオレのおでこを撫でてくれた。少しひんやりしてて気持ちいい。
「して、ほしいこと……?」
「うん。何かあるか?」
すごく優しい目でじっと見つめられて、まだぼんやりした頭で考える。
風邪で寝込んだのは三日前のことだ。最初は微熱があったけど今はもうほとんど下がってるし、体調も少しずつではあるけど回復してきてる。まだ身体がだるくて食欲があんまりないこと以外は特に心配するような症状もない。
それなのにおにーさんにこれ以上何かしてもらっちゃっていいのかな。でもせっかくこうやって聞いてくれてるんだし、無下に断るのもそれはそれで良くないか。
「ぎゅーってして」
そっと布団から両手を出して、おにーさんに向かって伸ばしてみる。甘えすぎとか言われるかな。
「はいはい」
おにーさんはちょっとだけ笑いながら、寝てるオレをぎゅってしてくれた。
(……落ち着くなあ)
おにーさんの匂い、おにーさんの体温。それを感じた途端に、さっきまでのネガティブ思考がゆっくりと溶けていくのが分かる。
おにーさんの肩に手をかけて、深く深呼吸した。毎日同じベッドで寝起きして、着てる服も同じ洗剤で洗濯してるのに、今でもオレにとっておにーさんの匂いは特別だ。一緒に暮らしてれば同じ匂いになると思ってたけど、いつまで経ってもおにーさんの匂いはオレとは違ってて、でもそれでよかったのかもとか思ってる。だっておにーさんにこうやって抱きしめられる度、今もすごくドキドキするから。自分と同じ匂いだったらこんなにドキドキしないと思う。おにーさんに抱きしめられてるんだって、匂いを嗅ぐ度に強く感じる。
「……」
なんか、腰の奥がむずむずしてくるのが分かる。
風邪うつしちゃマズいから、この三日間ずっと抱きしめられてなかった。もちろんキスもエッチもしてない。それどころか寝る布団だって別々にしてるから、ここしばらくおにーさんにほとんど触ってない。いつもは一緒のベッドで寝てるのに。
でももう、だいぶ具合よくなってきてるし……そろそろ、いいよね。
「おにーさん」
「ん?」
「……オレ、したい」
「え」
そっとおにーさんが離れていく。ちょっとぽかんとした顔でオレを見てる。
「だってもう、三日してないし」
もぞもぞ身体を起こしてベッドの上で座ると、おにーさんの首に腕を回してぎゅっとしがみついた。すぐそこにあるおにーさんの耳たぶに、ちょっとだけ唇で触れる。熱い。
「い、いやいや……だ、ダメだよ。こんな時にそんなことしたら、余計具合悪くなっちゃうだろ」
思ったとおり、おにーさんの声はちょっとテンパってるみたいだ。肩をぐいって押して身体を離されちゃったけど、その顔は明らかに赤くなってる。
どうしてこの状況で我慢なんかしてんだろ。オレがしたいって言ってるんだから心配しなくてもいいのに、これだけじゃ分かってくれないのかな。
掛け布団をそっとどかして、おにーさんの見てる前でハーフパンツを少しだけ下にずらした。
「……こんなになってるのに、我慢してる方がよっぽど身体に悪いよ」
「こっ、こら。やめなさい」
おにーさんは何故かあたふたして、オレが下ろしたハーフパンツをまた上げようとしてる。その手をきゅっと掴んで止めた。
「ねえ、おにーさん……したい。いいでしょ。遠慮しないでって、さっき言ったばっかりじゃん」
「で、でも、今は……」
「お願い……ちょっとでいいから。オレもう、我慢してんのキツい」
嘘じゃなかった。毎日してるわけじゃないけど、丸三日の間一度もしなかったのは少なくとも一緒に暮らすようになってからは初めてのことだし、体調が回復し始めてるせいなのかは分かんないけど昨夜はおにーさんとエッチしてる夢までみたくらいだし。これ以上おにーさんに触るの禁止させられてたら、ホントに身体がどうにかなっちゃいそうだ。
おにーさんはすぐには何も答えないで、ただ戸惑ったような目でオレのことじっと見てた。きっとおにーさん、どうしようか超迷ってる。いつものおにーさんならオレの体調を最優先で『ダメ、ちゃんと寝てなさい』って言ってたと思うけど、すぐにその言葉が出てこないってことは、今のおにーさんもすごくしたいって思ってるはずだ。祈るような気持ちでおにーさんの目をじっと見つめ返すと、おにーさんは少しだけ下を向いて腰を上げて、そのままベッドにゆっくりと乗っかってきた。
「……少しだけ、だからな」
ほっとした次の瞬間には、ものすごい速さで心臓がドキドキ鳴り始めてる。おにーさんの体重でベッドが少し沈んで、微かに軋む音にさえも身体が火照ってくるのが分かる。
「うん」
おにーさんの手を掴んでた指をそっと離すと、おにーさんはオレの手首を優しく掴んでオレをまたベッドに仰向けに寝かせた。ゆっくりとその上に覆い被さってきたおにーさんの目は、ちょっとまだ迷ってるみたいに揺れて見える。
「なるべく、その……ゆっくりするけど、つらかったらすぐ言えよ」
「分かった」
キスされる直前、目を閉じてふと違和感を感じる。なんだかいつもより瞼の外が明るいような気がした。
あ、しまった。電気つけっぱなしだ。
おにーさんは電気消したくないみたいだけどいつもオレが消してって言うから、普段する時は部屋の明かりを消してる。でも真っ暗だとホントに何も見えないから、ドアを開けて隣のリビングから漏れてくる明かりを頼りにしてるんだけど、今日は部屋の電気を消すのをすっかり忘れてた。
それを言おうとするより先に、おにーさんの唇がオレの唇を塞いだ。
「んっ……ん、ふあ」
「は……あっ、……んん」
ど、どうしよう。おにーさん、目開けてないよね? キスしてる時の顔なんてきっととんでもなく間抜けだから、絶対見られたくないのに。って言うか、どのタイミングで電気消してって言おう。
そう言えば今日寝てる間に結構汗かいてたし、今のオレってめちゃくちゃ汗臭いんじゃないかな。お風呂入ってからの方がよかったかな。なんかそんなことばっかり頭ん中ぐるぐるしてて、でもさっきからおにーさんがオレのなかに入ってきてるし、ああもう、なんかもうわけがわかんないよ。
「はあ……っ」
「……っん、おにーさん……」
いつもは優しく、ゆっくりキスしてくれるのに、今日のおにーさんはちょっと余裕ない。オレが息継ぎする暇も与えないくらい、何回もオレの奥まで入ってくる。ちょっと待って、って言おうとしたけど言えなくて、仕方なくおにーさんの首に両腕を回しておにーさんに全部されるがままになってた。
こうやってガッつかれるの、ホントは嫌じゃない。むしろ好き……なんだけど、あんまりそういうこと言うときっとおにーさんドン引きすると思うから、おにーさんの方からこういうキスしてくれるとすごくドキドキする。
ちょっと強引にされると興奮するなんて、やっぱりオレって変なのかなあ。
「……絢斗、ダメだよ」
「え?」
不意に離れたおにーさんに言われて、何のことか分かんなくてそっと瞼を上げる。おにーさんは耳まで真っ赤になって、ちょっと困ったような目でオレを見てた。
「そうやって、俺の脚に擦りつけるの」
あし?
下を向くといつの間にか自分の腰が少しだけ浮いてて、おにーさんの太腿にオレのを当ててるみたいになってる。全然気付いてなかった。
「ごめん……嫌だった?」
こういうこと、実は結構よくある。おにーさんとキスしてると、自分でも気付かないうちにこうやっておにーさんに腰を押しつけちゃってて、その度におにーさんにやめなさいって注意されるんだ。無意識だからやめろって言われてもやめらんないから、オレも自分じゃどうしようもないんだけど……やっぱり注意されるとめちゃくちゃ恥ずかしくて気まずい。
謝るオレを見て、おにーさんは首をぶんぶん横に振った。
「いや、そ、そうじゃなくて……こ、こういうこと、されると……その、俺もなんか、抑えがきかなくなるって言うか」
「どうして、抑える必要があるの?」
パジャマ代わりに着てるTシャツの裾をそっと上げて、おにーさんに胸のとこまで見えるようにした。ずっと布団で寝てたせいでいくらか熱をもってる肌が、少しひんやりした部屋の空気に晒されてぞくりとする。おにーさんはオレを見たまま何も言わず、ただ相変わらず赤い顔のままで困ったような目をしてた。
「オレとおにーさん、付き合ってるんだもん。おにーさんはオレのこと、好きにして……いいんだよ?」
「あ、絢斗……本当に、やめて。シャレになんないから」
ちょっと掠れたような声で呟くその直前、おにーさんの喉がごくりと鳴ったのをオレはちゃんと聴いてた。
「……おにーさん、どうして我慢してるの? そんなことしなくていいよ。オレのこと、おにーさんの好きなようにして」
「あや……」
おにーさんの右手を掴んで、そっとオレの胸の上に置く。敏感なところにおにーさんの手のひらが当たって、思わずため息がこぼれた。おにーさんの手、ちょっとひんやりしてて気持ちいいな。オレの身体ずっと熱いままだから、もっとおにーさんにいっぱい触ってほしい。
「おにーさんは、オレの身体のどこだって触っていいんだよ。おにーさんが見たいなら、オレの恥ずかしいところも全部見ていいの。だってオレ、おにーさんのものだもん。……違うの?」
オレの胸に触ってるのと反対側の手で、おにーさんはそっとオレのおでこの髪をかき上げた。
「……ダメだよ、絢斗。そういうこと言われると、俺……優しく、できないかも」
「ん……いいよ。おにーさんの、好きにして」
おにーさんはやっぱり、ちょっと困った顔してオレを見てる。
おにーさんは優しい。
前からずっとそうだったけど、初めて最後までエッチできた後もそれは変わってなくて、いつも気を遣いすぎだって思うくらい優しくしてくれる。
そうやって大事にされてるって思うとすごく嬉しいけど、時々それだけじゃ物足りないんだ。時にはおにーさんにも我を忘れるくらい、オレに夢中になってもらいたい。優しくする余裕なんてないくらい、オレのこと欲しがってもらいたい。これって贅沢な悩みなのかなあ。
「んっ……んん」
三日ぶりに感じる、おにーさんの指が入ってくる感触。なんかいつもよりひんやりしてて、中でちょっと動くだけでビクッてなっちゃう。いつも使ってるローションなのに、こんなに冷たかったっけ。
「……絢斗の中、いつもより……すごく、熱いな」
「だ、って……っ、ずっと、寝てた……から……あ、あっ」
言ってる途中でおにーさんの指先が奥の変なところにほんの少しだけ当たった。ここ触られると、いつも腰の奥がきゅってなって勝手に変な声が出ちゃうんだ。
いきなり変な声出しちゃったからビックリしたのか、おにーさんはあわてて指をちょっとだけ引っ込めた。
「あっ、ご……ごめん! 痛かったか?」
「ち、ちがう……な、んか……変な感じ、して」
浅い呼吸を繰り返しながら、シーツをぎゅっと掴む。
ホント、何なんだろ? 何回触られても、何回エッチしても全然慣れなくて、それどころかどんどん敏感になってきてる気がする。
「……ここ?」
おにーさんの指が、さっきと同じところをそっと撫でた。
「あっ! あの、だ……だめ、そこ……触っちゃ」
「どうして?」
絶対分かってるし。初めてここを触られた時もそうだった。おにーさんってホントに意地悪だ。
いつもならオレがやめてって言ったらすぐにやめてくれるのに、今日のおにーさんはやめてくれない。オレが反応すればするほど面白がってるみたいに、何度もそこを触ってくる。
「やっ、やめ……あっ、あ……っ、だめ、だめだめ、ホントに……あっ、やっ」
「痛い? それとも、気持ちいい?」
「……い、い……きもちい……っ、あ、あっ……おにーさん、や、だめ……んあっ」
オレが気持ちよくなってることなんてとっくに分かってるくせに、おにーさんはわざわざオレに言わせるんだ。言わせられるとオレがすごく恥ずかしいことも、全部知ってるくせに。
睨みつけようとしたけど力が入んなくて、ただぼんやりとおにーさんを見上げることしかできなかった。おにーさんはどこか嬉しそうに笑ってる。
「もう中で気持ちよくなっちゃうなんて、絢斗は本当にやらしい子だね」
「ちが、ちがう、もん……オレ、こんな……っ」
オレが言い終わるより先に、また中でおにーさんの指が動いた。
「俺と初めてするより前から、自分で指挿れていじってたんだろ? ここ」
かあっと顔が熱くなるのが分かる。今のオレ、どんな顔してるんだろう。
「そんな、こと……あっ、や……し、してない……」
「ほんとかなあ。絢斗はたまに嘘つくからなあ」
「あっあっ、だめ……っ、ホントに、して、ない……っ、おにーさん、が……はじ、めて」
「ふーん。でも指は挿れてたって、前に言ってたよな」
「そ、それは……っ、おにーさん、の……おっきい、から……ちゃんと、はいるように……あ、あっ」
どうして今になってそんなこと言い出すんだろ、とっくに忘れてると思ってたのに。って言うかそれだって、ホントはおにーさんには一生黙ってるつもりだったのに気が付いたら白状させられてたんだっけ。おにーさんに嫌われたくないから、一人でそんなことしてるなんて絶対にバレてほしくなかったのに。
「やっぱり絢斗はエッチな子だな」
「ちがう……もん。えっちなの、おにーさんの……ほう、だよ」
声が途切れ途切れにしか出てこない。精一杯の抗議のつもりでおにーさんを睨みつけたけど、おにーさんはどこか虚ろな目をしてオレを見下ろしてる。
「……もう、こんなになってるのに?」
後ろに指挿れられたまま、もう片方の手ですっかり硬くなってるオレにそっと触られた。
「あ……っ、ん、や」
きっと今のオレ、どこ触られても変な声出ちゃうと思う。こんな恥ずかしい声、おにーさんに聴かれたくないのに。こんな恥ずかしいところ、おにーさんに見られたくないのに。心のどこかで全く逆のことを望んでるオレが確かにいる。
もっと聴いて、オレの恥ずかしい声。
もっと見て、オレの恥ずかしいところ。
おにーさんのせいでこんな恥ずかしい身体になってるオレのこと、ちゃんと見てよ。
「おにー、さん……もっ、もう……ほしいの、はやく……っ」
枕に片側の頬をぎゅっと押しつけて、おにーさんにお願いした。恥ずかしさで頭がどうにかなっちゃいそうだけど、このままじゃ身体の方がどうにかなっちゃう。
おにーさんの、ほしい。はやく、いれてよ。
「絢斗のスケベ」
普段の優しいおにーさんとは全然違う虚ろな目をしたまま、おにーさんは口の端だけを上げて薄く笑った。エッチしてる時にたまに見せる、よく知ってる笑い方。背筋がぞくりと震えて、とてつもない期待が胸の奥から押し寄せてくる。
「ごめん……っ、ごめんね、おにーさん……でも、もう……オレ」
「分かったよ」
ベッド脇のサイドテーブルには、さっき使ったローションと並んでコンドームが置いてある。おにーさんはそれを手に取ると、慣れた手つきで袋を破った。
「……おにーさん、勃ってる?」
「だから、絢斗はそういうこと気にしなくていいの」
「でも……」
思うといつもこんな感じで、オレばっかり気持ちよくしてもらってる。おにーさんがいいよって言ってくれるからって、いつまでもそれに甘えてるのも何か違うような気がする。
身体を起こして、おにーさんの手首を掴んでゴムつけるのを直前で止めると、思ったとおりおにーさんはビックリしてオレを見た。
「え、なに」
「くちでする。おにーさんの」
「いや、ちょっ……」
もうおにーさんはお風呂に入った後だったから、下には部屋着用のスウェットパンツを穿いてる。オレがウエストのゴムに手をかけて軽く下に引っ張っただけで簡単に脱がせられた。パンツの上からでも分かるくらい、おにーさんのはしっかり勃ってる。
「い、いいよ絢斗。もう勃ってるし」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「こら、絢斗」
なんか最近分かってきたんだ。おにーさんって恥ずかしい時とか困ってる時、それを誤魔化すために『こら』とか『やめなさい』とかって、まるで小さい子供を叱る大人みたいな言い方するってこと。それに気が付くまではホントに子供扱いされてんのかなって思ってあんまりいい気はしなかったけど、実はただ照れ隠ししてるだけなんだって分かってからは逆にそうやって叱られる度にちょっと嬉しかったりする。
おにーさん、かわいい。おにーさんにもっと、恥ずかしい思いさせたい。
「はふっ、ん……」
「……っ」
パンツをちょっとだけ下ろす間ももどかしくて、下ろした途端におにーさんのを先っぽから咥え込んだ。おにーさんの声にならない声が頭の上から落ちてくる。
「んう、んん……ん」
ホントはゆっくり気持ちよくしてあげたかったけど、オレの方がそんなにもちそうもない。だって早くおにーさんの欲しいんだもん。
ごめんね、おにーさん。
くちと手を同時に動かしながらちらりと視線を上に向けると、おにーさんと目が合った。おにーさんは何故か片手で口を押さえてて、ちょっと泣き出しそうな目でオレのことじっと見てる。
もしかして、声出ちゃうの我慢してるのかな。オレとおにーさんしかいないんだから、我慢しなくていいのに。
「……っん、んう」
むせかえるようなおにーさんの匂いに、頭がくらくらしてくる。ただの体臭じゃなくて、興奮してる時のおにーさんの匂いがする。おにーさんって普段はほとんど何の匂いもしないのに、エッチしてる時だけすごく匂いが強くなるんだ。
なんか、くちの中が苦い。手もべたべたになっちゃってるし。
「絢、斗……っ、もう、いい」
不意におにーさんの手が伸びてきて、オレの頭を少し強めに押さえた。くちをそっと離すと、細い糸がつうっと引いて落ちていく。
「でも、まだ」
「早く挿れてほしいんだろ」
「……うん」
それはそうなんだけど、まだちょっとしかしてないのに。どうしようか迷ってると、おにーさんがいきなりオレの肩を強引に掴んでそのまま押し倒された。
「ひゃっ、おにーさ……」
「……ったく。どこでそういうの覚えてくるんだか」
「え?」
「上手になったって言ってるんだよ。そんなに何回もしてないのに、一人で練習でもしてるのか?」
「しっ、してないよ」
うそ、もしかして褒められてる? 完全に自己流でやってるのに、ちゃんと上達してるのかな。
「あの……ごめんね、おにーさん」
「ん?」
「ホントは、もっとゆっくりしてあげたかったんだけど……オレもう、ダメで」
「ああ、うん。俺もちょっとヤバかったから、あれくらいでちょうどいいよ。ありがとな」
ちょっとため息つきながら、おにーさんは今度こそゴムをつけた。手伝おうと思って少し身体を起こしたのに、すぐにまたおにーさんに押し倒されちゃう。
「……おにーさん?」
ちょっといつもと違う。おにーさん、すごく息が乱れてる。なんだか苦しそうなくらいだ。
「ごめんな、絢斗。今日、もしかしたら……優しく、できないかも」
呼吸は荒いのに目はなんだか今にも泣き出しそうで、おにーさんが今すごく我慢してるのはオレにも伝わってくる。きっとおにーさん、ホントは優しくしたいって思ってくれてるんだよね。でも久しぶりだから、優しくするだけの余裕がなくなっちゃって困ってるんだ。
「大丈夫だよ。……おにーさんの、好きにして」
エッチって頭で思ったとおりにいかないことがよくある。って言うか、ほとんどいつも思ったとおりにいってないかもしれない。一回成功したからってその後はいつでもうまくいくわけじゃなくて、今でもオレが痛くて途中でやめたり、おにーさんが仕事で疲れてる時とかで勃たなくて途中でやめたり、そんなふうに失敗することもある。
別に毎回必ず最後までしなくたって、おにーさんと触りっこするだけでもオレはすごく気持ちいいから満足なんだけど、おにーさんはどう思ってるのかな。こうしておにーさんとエッチしてはいてもオレはやっぱり今でも童貞だから、おにーさんがそのへんどう感じてるのかはオレには分かんない。
おにーさんは優しいから、いつも自分のことは二の次にしちゃう。オレのことばっかり気遣ってくれて、自分のしてほしいことは黙って我慢しちゃうの、オレがいちばんよく知ってる。だから無理させないように、オレがもっと気を付けてあげなきゃダメなんだって、分かってるんだけど。
「っ……きっ、つ……」
「あっ、んあっ、おにーさん……っ」
……圧迫感がすごい。挿れた瞬間の引っ張られていくようなこの感じ、まだ慣れない。
「痛く、ないか?」
「へ……いき。っ……ん、あっ」
うう、やっぱまだ痛い……。これ、いつになったら痛くなくなるのかなあ。
挿れた後、おにーさんはいつもこうやってしばらくじっとしててくれる。多分オレの中がおにーさんの形に馴染むのを待っててくれてるんだと思うけど、ホントはおにーさん早く動きたいんじゃないのかな。
おにーさんに無理させたくないって思ってるけど、だからってオレが無理してすぐに動かれても絶対に痛いだろうし、オレが痛いって言ったら結果的にもっとおにーさんに我慢させちゃうことになる。おにーさんって、オレが痛いって言うと絶対にそれ以上してくれないから。
「……ごめんね、おにーさん……」
「え……?」
不思議そうにオレを見下ろすおにーさんの首に両腕を回して、ぎゅっとしがみつく。
オレ、いつになったらおにーさんを満足させてあげられるんだろう。
「よく分かんないけど、また何かつまんないこと考えてるだろ」
おにーさんの大きな手が、オレの頭を後ろからそっと撫でてくれた。
「……ないしょ」
どうしてそんなに優しいんだろう。いつもすごく無理させてばっかりなのに。
「こら、ちゃんと言いなさい」
「いいよ。つまんないことだから」
つまんないこと、なのかな。オレがいちいち大げさに悩み過ぎてるだけで、ホントは些細なことなのかもしれない。こんなに一緒にいるのに、オレは今もおにーさんに言えない悩みがいっぱいある。おにーさんもそうなのかな。
腕をおにーさんの肩に下ろして、ほんの少しだけ身体を離す。触っちゃいそうなほど近くで目が合って、こんな状況なのになんだか恥ずかしくて、わざと小さく笑った。
「なに笑ってんだよ」
「えへへ、別に。……もう、動いていいよ」
「もういいのか? もうちょっと慣らした方が……」
「大丈夫、だから……いいよ」
おにーさんは両腕でオレのことぎゅってしてくれた。
「……痛かったら、すぐ言えよ」
「うん……」
正直に言っちゃえば、気持ちいいって感覚とは程遠い。初めてした時と比べたらだいぶ慣れてきたけど今でもまだ痛いし。
でも、なんでかな。ただ痛いだけならもう二度としたくないって思うはずなのに、そんなこと全然思わないんだ。現に今日だって、自分からおにーさんに欲しいってお願いしてたくらいだし。
「んっ、あっ……や、やっ……おにー、さん……っ」
「ごめん、ごめん……っ、ごめんな、絢斗」
ああ、また。おにーさんっていつも、ごめんって言いながら動く。謝らなくていいのに。オレ、そんなにひどい顔してんのかなあ。
オレのことすごく気遣って、いつもすごく浅く緩く動いてくれてるの知ってるのに、オレが痛そうな顔するからいけないのかな。分かっててもやっぱり最初は痛い。
おにーさんが少しずつ、オレの奥に入ってくる。あの変なところにおにーさんが当たって、身体がビクッてなった。
「ああっ! あっ、……あっ、あ、おにーさん、おにーさん……っ、やっ、んあっ」
痛いだけじゃない、もうひとつの感覚。自分の声が鼻にかかったような恥ずかしい声になっていく。
「ごめん、絢斗……っ、ちょっともう、俺……抑え、きかない……っ」
それまでオレにも分かるくらいゆっくりだったおにーさんの動きが、少しずつ速くなっていく。おにーさんの手がオレのをきゅっと優しく握って、もうすっかりべたべたになってる先っぽを指でこすった。
「あっ、あ……っ、やっ……だ、だめ、そこ……あっ、あっ! や、やだやだ、だめえっ! おにーさ、おにーさん……っ」
「……っ、絢斗……俺、もう……っ」
おにーさん、なんだか苦しそうな、泣き出しそうな、困ってるような顔してる。でもじっとオレのこと見てる。
さっきから恥ずかしい声出ちゃって止まんなくて、こんなとこおにーさんに見られたくないのに、その視線を感じるだけでどうしようもないくらい興奮してる自分がいる。
オレ、おにーさんのせいでこんなふうになっちゃうんだよ。
ちゃんと聴いて、オレの声。
ちゃんと見て、オレの全部。
「おにーさん……っ、あっあっ、や、だめ、や……イっちゃう、から……あっ、やっ……」
「っ、絢斗、あやっ……と」
ああもう、なんかわけわかんない。
声抑えなきゃって分かってるのに抑えらんなくて、勝手に涙まで出てくるし。さっきまではただ痛いだけだったのに、今はどうしてこんなに、オレ。
「い、イっちゃう、イっちゃうよぉ……っ、あっあっ、だめ、だめ……あっ、やあっ!」
「く……っ!」
心の奥に、潮が満ちていく。
大きな波の中に放り出された瞬間、オレはそれまで必死にしがみついてたものを全部手放した。
「……はあ」
まだ少し震えてる。ゆっくりと全身に感覚が戻ってくるのを感じながらそっと瞼を上げた時、部屋の明かりの眩しさに思わず目を細めた。
そうだった、すっかり忘れてた……また電気つけたまま、しちゃった。
「ごめん、絢斗……だ、大丈夫か?」
おにーさんの手のひらが優しく頬に触れる。オレの顔もおにーさんの手もちょっと汗ばんでて、おにーさんの手はオレの肌に吸いつくようにぴったりと合わさってくる。
「すご、かった……」
そう呟いて深く長く息を吐き出すと、おにーさんはまだ赤い顔のまま少しだけ下を向いた。
「ごめん」
「ううん。あの……すごい、よかった」
「え……あ、そ……そっか」
ふと下を見ると、おにーさんの手の中から溢れた分が少しオレの胸のあたりにまで跳ねちゃってる。おにーさんの着てるTシャツの裾にも少しかかっちゃってるみたいだ。
「ごめんね、おにーさん……」
「ん?」
「あの……いっぱい、出ちゃって」
「いいよ。久しぶりだったから、仕方ないって」
全然気にしてないような顔で、おにーさんはゆっくりオレからおにーさんのを抜いた。
「んっ……あ」
「あ、ごめん……痛かったか?」
「ううん。じゃなくて」
なんか、いつもと違う感覚。抜いたばっかりのおにーさんのを見て、その理由が分かった。
「な、んか……いつもより、いっぱい」
「……俺も、溜まってたから」
ゴムを外しながら、おにーさんはちょっと気まずそうに言った。
「え……抜いてなかったの? 三日も」
「わ、悪いか。絢斗が寝込んでるのに、そんなことできるわけないだろ」
「でも……身体に良くないよ。オレに聞かれるの気になるんなら、お風呂とかトイレでしちゃえばよかったのに」
「うるさいな、いいだろ。絢斗と違って俺はもうオッサンだから、そんな毎日抜かなくてもいいの」
なんだ、そうだったんだ。おにーさん、ホントはずっと我慢してたんだね。
「えへへ。その割にはさっきのおにーさん、いっぱいいっぱいって顔してたよね。すごい溜まってたんでしょ?」
「う……」
身体を起こして、おにーさんの腕にぴったりとくっついた。
「ごめんね、おにーさん。オレの風邪治ったら、我慢させちゃってた分いーっぱいエッチしようね。オレ、頑張っちゃうよ」
「お、おう。そうだぞ、ちゃんと責任とれよ」
「えへへ、おにーさんのえっち」
「うるさい。どっちがだよ」
ふとおにーさんの顔が近づいてきて、オレの唇にちょっとだけ触れた。一瞬だけの短いキス。
「……風邪、うつっちゃったかな」
「人にうつすと早く治るって言うだろ」
「ばか」
さっきからおにーさんの顔が赤いの、風邪引いて熱出したからじゃないよね。
もう一度おにーさんの腕にぎゅっとしがみつく。
「もう一回……したいな」
「……ダメ。ちゃんとシャワー浴びたら今日はもう寝ろ」
「うん、分かってる。言ってみただけ」
「はあ……」
おにーさんは深いため息をつくと、オレの肩に自分のおでこをくっつけてきた。
「早く治せよ、本当に」
「ごめんね。あとちょっとだけ、我慢して」
「俺、そんなに我慢強くないんだよ」
「えへへ、知ってるよ」
「……笑うな」
ごめんね、おにーさん。
オレ早く元気になるから、もう少しだけ待ってて。
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