01. 負けっぱなし

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01. 負けっぱなし

 惚れた弱みって絶対にあると思う。  オレには愛だの恋だのを人に語れるほどの経験なんてないけど、恋愛は先に好きになった方の負けだってのは本当にそのとおりだと思う。  だって現に今のオレは、おにーさんに負けっぱなしだから。でも仕方ないよね。好きな人のお願いなら何だって叶えてあげたいと思うのは至って普通のことだし、もし断ってがっかりした顔されるのなんて絶対に嫌だもん。  でも分かってる。こういうのってどっちかに偏るのは良くないことだって。どっちかがずっと無理してるようなバランスの悪い関係はいつかきっとダメになる、なんかそんなセリフをどこかで聞いたことがある。  おにーさんは昼に会社、オレは夜に学校があるから、平日はどうしても生活時間帯がすれ違ってる。でも、この金曜日の夜は毎週いつもこうして部屋で一緒に過ごすようにしてる。次の日に何の予定もないから夜更かししても大丈夫な、週に一度の特別な夜。別にどちらから言い出したわけでもないけど、オレたちの間では何となく暗黙の了解でこの時間はそういうことする約束みたいになってる。  きっとそういうのもホントはあんまり良くないものなんじゃないかなって、最近は思ってたりするんだ。何も言わなくても通じ合えるなんて恋人っぽくていいかもなんて思ってた時期もあったけど、何も言わなくてもエッチできる奴だと思われてるってのもよくよく考えたらなんかアレだし。  お風呂から上がって、ソファに座ってぼーっとテレビを眺めてると、キッチンで洗い物をしてたおにーさんが部屋に入ってきた。 「早めに髪乾かさないと、風邪引くぞ」 「大丈夫だよ」  ……あ、今のちょっと感じ悪かったかな。  肩に掛けたタオルで髪をわしゃわしゃ拭くふりをしながらこっそり横目で見ると、おにーさんはオレの隣にぽんと座った。その横顔からは特に気分を害したような感じはしなくて、思わずほっとため息が出た。  まだ昼間は暑いけど、ここのところ朝晩は少し涼しくなってきたような気がする。確かに季節の変わり目って風邪引きやすいし、濡れたままの髪でぼーっとしてないで早く乾かした方がよさそうだ。  立ち上がろうとすると、いきなりおにーさんがオレの肩にぴったりくっついてきた。 「絢斗」  耳元で小さく呼ばれて、どきっとする。咄嗟に離れようとしたけど、おにーさんはオレの手をソファの上でぎゅっと握って離そうとしない。首筋に鼻を寄せられて、おにーさんの鼻先がほんの少し掠めただけでビクっとした。 「ひゃっ」 「あー、何でだろうな。シャンプーも石けんも俺と同じの使ってるのに、すごくいい匂いする」 「……あ、あの」 「絢斗の匂い、好きだよ」  逃げようとしてもおにーさんの腕で抱え込まれちゃってて、もじもじ動くことしかできない。首筋に触れるおにーさんの息がすごく熱くてくすぐったくて、脚がそわそわしてる。  オレのTシャツの裾からおにーさんの手が中に滑り込んできて、肌の上をおにーさんの指先が這い上がってくる感覚にぞくりとした。 「あっ……ち、ちょっと」 「したい、絢斗」  動けないのに逃げようとしたせいで、バランスを崩した身体が背中からぼすんとソファに倒れ込む。それでもおにーさんはオレの首筋から顔を離そうとしない。 「ま、待って。おにーさん」 「そうやって嫌がると俺が喜ぶの、知っててやってる?」 「ちがっ、そんなんじゃ」 「本当、絢斗はかわいいな」  おにーさんの指先が、オレの胸の敏感なところを優しく撫でた。 「ん……っ、や、だ」  オレの『やだ』って言葉におにーさんはすごく敏感だ。きっと初めてキスされた時、オレがそう言ったのをまだ気にしてるんだと思う。思ったとおり、おにーさんは手を止めて少しだけどオレから顔を離した。 「今日ちょっと機嫌悪い?」 「そうじゃ、なくて……」  すごく近いところからじっと見られて、どこ見たらいいのか分かんない。仕方なくぷいって横向いて目を合わせないようにしたけど、自分でも可愛げないなあって思う。 「絢斗?」  おにーさんは怒ってないけど、少し困ったような顔してるみたい。見えなくても声で分かる。 「……本当に、嫌?」  そういう聞き方はずるいって思う。 「い、嫌じゃないけど、でも……」 「俺はすごく、したいんだけど。どうしてもダメかな」  分かってる。今のオレ、わがまま言ってぐずってる小さい子供みたいだって。でもじゃあ、オレの思ってることどうやったらおにーさんに分かってもらえるんだろう。 「ダメ。今日はしない」  なんか、頭ん中ぐちゃぐちゃしてきた。そっけなくそう言うと、おにーさんは身体を起こして座り直した。 「え、な……なんで?」  おにーさんの腕から解放されて、オレもソファに腕をつきながらそっと上半身を起こした。やっぱりまだおにーさんの目は見られない。 「しないったらしないの。き、キスだけなら……いいけど」 「いや、ちょ、ちょっと待ってよ。なんで、どうして? もしかして、体調悪いのか?」 「そういうわけじゃないけど……とにかく、今日はしないの」  おにーさん、おろおろしてる。聞き分けのない子供を前にしてるみたいだ。実際そうなんだけど。 「ちゃんと理由言ってくれないと分からないよ。何かあったのか? 体調悪いんじゃないなら……俺、何か絢斗に嫌なことした?」 「違うよ、そうじゃなくて」 「じゃあどうして、急にそんなこと言い出すんだよ」 「……」  さっきからどうしてもおにーさんの顔見られない。今のオレ、どんな顔してるんだろう。下向いたまま黙り込んだオレの右手に、おにーさんの大きな手がそっと重なってきた。 「言ってよ、絢斗。我慢しないで、嫌なことがあるなら俺に教えて。俺、ちゃんと直すから」  言えばいいって分かってても言いにくいことって、どうしてもある。付き合っててもそれは前と変わらなくて、その度にいつもおにーさんに隠れて我慢してきた。  でもきっと、それじゃダメなんだよね。どうしても分かってほしい、気が付いてほしいなら、言葉にして言うしかないんだ。  当たり前のことなんだけど、それがなかなかできないからこんな態度とっちゃうんだよ。 「……おにーさん、最近キスしてくれない」 「え?」  うう、やっぱり恥ずい。だからこんなこと言いたくなかったのに。  おにーさんにきょとんとした声で聞き返されてますます顔が熱くなってきちゃって、もうおにーさんの顔絶対に見られないよ。 「前はいっぱいしてくれたのに、ここんとこは、その……エッチしてる時もあんまりしてくれないじゃん。気が付いてる?」 「そ……そうか?」 「そうだよ! それになんか最近おにーさん、エッチなことする雰囲気の持って行き方がすっごい雑になってきてるよ!」 「ざ……雑って、俺はそんな」  一度言葉にしたら、今までずっと抑え込んでた不満が芋づる式にどんどん溢れてきて止まらなくなっちゃう。ほとんどヤケクソでまくしたてるオレとは反対に、おにーさんはさっきからはっきりしない返事ばっかり。  思い切って顔を上げると、まともに目が合った。おにーさんはやっぱり困った顔してる。 「今のだってそうじゃん。オレはやだって言ってんのに、無理やり押し倒せば言うこと聞くんだろ、くらいにしか思ってないから、したいしたいってぐいぐい迫ってきたんでしょ」 「いや、そんなんじゃ……」  思い当たる節があるのか、おにーさんは目を泳がせながら歯切れの悪い返事をした。 「お、オレが……拒否らないからでしょ? おにーさんにしたいって言われたらオレが絶対断れないの知ってるから、だからそうやってどんどん適当になっちゃうんだよ」  嫌味っぽかったかも。なんか言っててだんだん自分が惨めで情けなくなってきて、目にほんのちょっと涙が浮かんできた。  恋愛は先に好きになった方の負け。  敗者はいつだって惨めで弱い。  分かってるから、これ以上自分を不利な立場に追い込みたくないって思ってるのに。  なのにどうして、こんなこと言わせるの? こんなこと言わせないでよ。  言われなくたってちゃんと気が付いてよ。オレよりずっと大人のくせに。  おにーさんがそっと近づいてきて、そのままぎゅって抱き寄せられた。ビックリして瞬きした拍子に、目からぽろりと涙がこぼれ落ちてく。 「絢斗、聞いて。俺は本当に、そんなつもりはないよ。信じて」 「だって……」 「……でも、絢斗にそう思わせるようなやり方だったから、そんなふうに言われるんだよな。ごめん」  大きな手がオレの髪を優しく撫でてくれる。 「別にオレ、謝ってほしいわけじゃ……」 「どうしたらいいかな」  おにーさんの胸元のシャツをきゅっと握りしめて、そのままゆっくりと身体を離した。少し不安そうにオレを見てるおにーさんとすごく近くで目が合って、今更やっとドキドキしてきてる。 「……して」 「ん?」 「だっ、だから」  その時、おにーさんの親指がオレの下唇にそっと触れた。それ以上何も言えなくなっちゃっておにーさんの目を見つめると、その目がふと優しく笑うみたいに細められる。 「キス?」  分かってるんじゃん。だったらいちいち聞かないでいいのに、どうしてこんな意地悪するの? 「……うん」  そう答えるだけで精一杯なほどドキドキしてる自分にもあきれちゃうけど、こんなに嬉しいと思ってるオレってもう救いようのないほど単純だと思う。  おにーさんの顔がそっと近づいてきて、あわてて目をぎゅっと瞑った。 「……っん」  触れる瞬間どうしても声が出ちゃうのは、どうすることもできないのかな。ホントに恥ずかしいからできれば何とかしたいんだけど、何回キスしてもダメなんだ。おにーさんの唇の感触だけで身体の奥がふわあってなって、勝手に声が出ちゃうんだもん。  いつもはおにーさんがオレの下唇をふわふわ優しく甘噛みするのが『なかに入れて』のサインだけど、今日はなんかもうそれまで待てそうもない。早くおにーさんに入ってきてほしくて仕方なくて、オレの方から先に唇を開けた。すると、すぐにおにーさんはオレのなかに入ってきてくれた。 「んん、ふあっ……ん、んっ」 「っ……はあ……」  おにーさんは優しい。オレがビックリしないように、いつもゆっくり時間かけて舐めてくれる。だけどホントはじれったくてもどかしくて、もっとガッついてきてほしいと思ってるんだけど、どう伝えたらいいのか分かんなくていつもむずむずしてる。  オレの方からガッついていけばいいのかな? そんなことして、おにーさんに引かれたりしないのかな。恥ずかしいけど、それでオレの気持ちが伝わるなら。  少し深く唇を重ねて、オレの方からおにーさんのなかにちょっとだけ強引に入ろうとしてみると、おにーさんの手がオレの頭を後ろから押さえつけてぎゅっと引き寄せられた。噛みつくみたいに乱暴なキスで、さっきまでよりもずっと深いところまで入ろうとしてくる。 「はっ、あ……っ、ふう……っ」  自分の恥ずかしい声が部屋中に響いてるような気がして、頭の奥が痺れてるみたいに感覚がなくなっていく。さっきからおにーさんは声出さないけど、息遣いがすごく荒い。おにーさんの熱い吐息が触れる度に、おにーさんがすごく興奮してることが伝わってくる。 「んっ……」  身体から力が抜けていって、おにーさんがまたオレのなかに入ろうとした時の勢いでそのままソファに押し倒された。  ゆっくりとおにーさんの唇が離れる。 「……はあ」  瞼を上げながらそっと息を吐くと、おにーさんの唇とオレの唇の間に細い糸がつうと揺れるのが見えた。  おにーさんは虚ろな目をして、じっとオレを見下ろしてる。天井の照明が逆光になっておにーさんの表情がよく見えない。 「まだ、足りない?」  いつもより少し低い声でそう聞かれて、顔がかあっと熱くなった。オレ、そんな物足りなさそうな顔してるのかな。  ……事実なのが余計に気まずい。 「……うん。もっと……したい」  なんでかな。エッチしたいって言うのより遥かにこっちの方が恥ずかしい。自分のしたいことを好きな人に『したい』って伝えるのって、ホントにすごく勇気がいる。  おにーさんはまたオレに深く覆い被さってきた。おにーさんの重みでソファに身体が沈み込んで、もうどこにも逃げられない。おにーさんに手首を押さえつけられてるから、身体の自由も完全に奪われてる。今のオレは、おにーさんにされるがままだ。 「ふ……っう、ん……」  目を閉じておにーさんの感触を確かめる。熱い舌が絡みついてくる度に、腰の奥が震えて熱くなっていく。うまく力が入らなくて、オレのいちばん恥ずかしいところを隠したいのに隠せなくて、どうしたらいいのか分かんない。  どうしよう。どうかおにーさんに気付かれていませんように。  今日はエッチしないって自分で言い出したくせに、きっともう今はおにーさんよりもオレの方がしたくなっちゃってる。オレ、ちゃんと最後まで我慢できるかな。 「んうっ、んん……は、あっ……」  唾液の鳴る音がして、それが恥ずかしさをひどく煽ってる。さっきから止められない自分の声も、おにーさんに聞かれてるのに。  おにーさん、熱い。舌も、唇も、息も、オレに触れるおにーさんの何もかもが火傷しそうなくらい熱くて、頭ん中くらくらしてる。  おにーさんって興奮すると、匂いがすごく強くなる。オレの気のせいかもしれないけど、エッチしてる時はいつもむせかえるようにおにーさんの匂いがしてる。今も。 「……んう」  なんかうまく呼吸できなくて、うめき声みたいな声が出ちゃう。おにーさんはまたオレからそっと離れた。 「ごめん、苦しかった?」 「へ……平気」  ああもう、恥ずかしいよ。  おにーさんはいつもどおりなのに、なんかオレだけ夢中になってたみたいじゃん。さっきまであんなにえっちなキスしてたのに、おにーさん普通の顔してるし。少なくとも、オレの息遣いを気にかけられるくらいには余裕があるみたいだ。  もしかしておにーさん、このくらいじゃ物足りないんじゃないのかな。オレが余裕ないの分かってて、気を遣ってくれてるのかも。 「おにーさん。そんな、優しくじゃなくて……いいよ」 「ん?」 「だから、あの……オレ、平気だよ。おにーさんのしたいようにしても大丈夫」  なんかうまい言い方が分かんない。  おにーさんに遠慮してほしくないのはホントだけど、それだけじゃないことも自分でちゃんと分かってた。  もっと欲しがって、オレのこと。  自分でもどうしようもなくなるくらい、オレのこと欲しいって思ってよ。  オレのこと気遣う余裕なんてないくらい、オレのことだけ考えて。  もっとちゃんと見て、オレのこと。  おにーさんの匂いがした。 「……息、止めるなよ。鼻で呼吸、分かった?」  じっとオレを見つめる虚ろな目。オレはその中に閉じ込められて、逃げることができなくなってた。 「ん……はやく」  腰の奥が熱い。おにーさんに気付かれてないことを必死に祈りながら、おにーさんの首に両腕を回してしがみつく。 「ふ……っう」 「んうっ……ん、んん」  ……あ。おにーさんも声、出ちゃってる。  オレと同じだ。おにーさんも今、余裕ないんだ。 「はあ……っ、……」  唇を離して、また重ねる。その度におにーさんの荒い息遣いと声が、オレの気持ちをどうしようもなくかき乱す。身体の奥がじんじんしてきて、勝手に脚がそわそわ動く。逃げようとしてると思われたのか、おにーさんの脚がオレの脚を押さえつけて動けなくされた。  ほんのちょっとだけどおにーさんの太腿がオレの恥ずかしいところに当たって、一気に全身が熱くなった。 「ふあ、は……っ、あ、あ……っ、んん」  自分で自分の声にビックリして、思わずビクッと震えちゃう。キスしてるだけなのに、今のってなんだか喘いでるみたいだった。どうしよう、おにーさんもビックリしてないかな。  そう思ったのとほとんど同時に、おにーさんはオレから顔を離した。目を開けるとやっぱり少し驚いたような目で見られてる。  恥ずかしいけど、もっとしたい。いつもの倍以上の時間かけてるのに、これだけじゃまだ全然足りないんだもん。 「おにーさん……もっと」  首に回した腕に少し力を込めてまた顔を近づけようとすると、おにーさんはちょっと戸惑ったようにオレの頬を触った。 「絢斗、そんなにキス好きだったっけ」 「だって……おにーさんの、すごいえっちだから」 「そ、そうかな。普通だと思うけど」  おにーさんの頬が赤くなってることに初めて気が付く。 「普通がどんなのかなんて、オレには分かんないよ。おにーさんとしかキスしたことないもん」 「そうだけど……別に俺、ものすごく上手いってわけでもないだろ」 「よく、分かんないけど……」  ホントにおにーさんって鈍感だ。時々わざとやってんじゃないのかなって思うくらい、はっきり言わないと分かってくれないことがある。かと思えば実はわざと分かってないふりしてて意地悪することもあるし、そういうとこでオレは負けっぱなしだなあっていつも思うんだ。  おにーさんに押さえつけられてる脚をもぞもぞ動かして、さっき当たったところをおにーさんの太腿にそっとこすりつける。 「……あ」  そっちを向いて、やっと気が付いてくれたみたいだ。ちょっと気まずそうな目になってるの分かる。 「おにーさんのキス、えっちだから……こうなっちゃうんだよ」  オレもどこ見てたらいいのか分かんなくてそっちに視線を向けると、おにーさんの腿の付け根がちょっと膨らんでるのを見つけた。  おにーさんも勃ってる。オレとキスして、エッチな気分になってたんだ。  オレの視線に気が付いているのかいないのか、おにーさんはまたオレの顔を見てぼそっと呟いた。 「どっちかと言うと、精神的な部分の方が大きいと思うんだけどな」 「どういうこと?」 「いや、だから、その……好きな人とだったら、多少ヘタクソでもそういう気分になれるっていうか。いくら上手な人が相手でも、それが好きでも何でもない奴だったら嫌だろ」 「おにーさんって、好きでもない人とこんなことするの? オレは絶対できないよ」 「ば、バカ。俺だって嫌だよ、できるわけないだろ」  その言葉に嘘はないって分かってても、やっぱり考えたくもない。急に不安になってきて、おにーさんの首にぎゅっとしがみついた。 「……冗談でも、そんなこと言わないでよ」 「ごめんって。でも、前にも言っただろ。好きでもない奴とこんなことできないって。覚えてる?」 「覚えてる」  耳元でおにーさんが小さくため息をついた。 「こんなこと、絢斗としかできないよ。絢斗じゃないと嫌だ」 「うん。……オレも、おにーさんじゃなきゃやだ」  こんなこと、おにーさんとしかできない。  だからこそ、おにーさんがしてくれないと困るんだよ。  オレが欲しいのは、おにーさんのキスだけ。他の誰にも代わりはできない。 「おにーさん、キツい?」  少し膝を上げておにーさんのを軽くつつくと、おにーさんはばつが悪そうな顔してオレから目を逸らした。 「キツいけど……今日は、しないんだろ」 「……いいよ」 「え?」  もういいか、これ以上意地張ってても仕方ないし。それに、オレだってしたくなっちゃってるし。 「いっぱいキスしてくれたから、もういいよ。あ、でも今日だけじゃなくて、これからもいっぱいしてよ」 「う、うん、分かった。する。約束する」  調子いいなあなんて思ったけど、それでも許しちゃうオレってやっぱりチョロい。おにーさんってオレに甘いけど、オレも負けないくらいおにーさんに甘い。  でも、いいや。オレのずっとしてほしかったこと、やっとおにーさんに伝わったんだから。 「じゃあ、いいよ。や……優しくだからね」 「……あ、ありがと」  ベッドじゃなくていいのって聞こうとして、やめた。ベッドのある部屋はすぐ隣だけど、なんかもうそのわずかな距離を移動する間さえも待てそうにない。むずむずして、じっとしてられないくらい身体が熱い。  おにーさんも同じはずなのに、その手つきはやっぱり優しいおにーさんで、すごく我慢してるのがオレにも伝わってくる。 「今までごめんな。今日からはちゃんと、ゆっくり時間かけるよ。絢斗が気持ちよくなってくれるように」 「い、いいよ、別に……いつもどおりで。そんなつもりで言ったんじゃないし」 「こら、そうやってすぐ遠慮して嘘つく。絢斗の悪いとこだぞ」 「嘘じゃないもん。それに、時間かければいいってもんでもないでしょ」 「まあ、そうだけど……難しいなあ、絢斗は」 「えへへ。頑張ってよ、おにーさん」 「大人をからかうのはやめなさい」 「はーい」  やっぱり、おにーさんは優しいな。  オレの言いたかったことちゃんと聞いてくれて、こうやって変えようと頑張ってくれる。  今まで一人で勝手に我慢して、オレだけが無理してるって思ってたのが今はすごく恥ずかしい。おにーさんは話せばちゃんと聞いて分かってくれるって、オレがいちばんよく知ってたはずなのに。  何度目かのキスの合間に、おにーさんの胸にぎゅっとしがみついた。 「……めんどくさくて、ごめんね」 「全然。むしろ、どんどんこういうこと言ってほしいんだよ、俺」 「え、そうなの? なんで?」 「俺との関係をもっと良くしたいって思ってくれてるから、こういうこと言ってくれるんだろ。絢斗が喜んでくれると俺も嬉しいし、そのためならいくらでも努力するよ」 「うん……」  またソファに軽く押さえつけられて、そっとおにーさんを見上げる。大きな魔法の手が、オレの髪を優しく撫でてくれた。 「だから、本当に遠慮しないで何でも言ってくれると嬉しいな。絢斗のしてほしいこと、してほしくないこと、もっと俺に教えて」 「じゃあ、おにーさんもオレに言ってね。こういうことしてほしいとか、これはやめてとか、遠慮はナシで」 「ん、分かった」  大好きなおにーさんの笑った顔。  それを見てると、なんだか今夜はいつもより素直になれそうな、そんな気がした。
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