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(1)
その日も私は、寝不足の頭でぼんやりと夜の街をさまよっていた。騎士という仕事柄、警備に訓練、書類作業の連続で、一日の終わりには頭も身体もくたくたに疲れ切っているのに眠れない。せめて身体を横にして体力を回復させようと寝台で目をつぶってみると、嫌な記憶が追いかけてくる。
―女だてらに剣なんて振り回さなくても―
―同い年のお嬢さんはみんな結婚して、子どもも産んでいるというのにあなたときたら―
―君は、俺がいなくても大丈夫だろう?―
「……って、こんな状態で眠れるわけないでしょうが!」
不眠の原因ははっきりしている。恋人に手酷く振られたからだ。ちなみに元恋人は同僚で、彼の新しい彼女は城の侍女という関係上、仕事に行くだけで見たくない相手と接することになる。神さま、私、前世でどんな悪いことをやらかしたのでしょうか。
心が疲れてしまうと人間はぽんこつになるらしい。眠れないどころか、横になっていると自分の呼吸する音が耳障りで胸が苦しくなる。おかげでここ最近は夜遅くまで酒場を巡る日々。身体のことを考えるなら、たぶん騎士なんて辞めてしまったほうがいい。それでもようやっと叶えた憧れの仕事を諦めるなんてできなかった。
「せめて、私の愛しい安心毛布があればなあ」
何もない宙を握りしめてみる。小さな頃から大事にしていたお気に入りの毛布。すっかりぼろ雑巾みたいになっていたけれど、あれさえあれば三秒で眠りにつけたのに。
元恋人との将来を考えていた時は毛布がなくても眠れていたから、未練を断ち切るために思い切って燃やしてしまった。この機会を逃したら、永遠に卒業できないような気がしたから。私にとっては人生を揺るがす決断をしたそのすぐ後に、彼は私ではない女性を選んだのだけれど。
「なんだあれ?」
そんなときに、私は見つけてしまった。うきうきと楽しそうに歩く、ふわふわもこもこの大型犬を。見上げるくらい大きな満月の下、お日さまを溶かしたみたいなわんこが飼い主も連れずにいるというのに、誰も気が付いていないらしい。
「あの子を抱きしめて横になったら、速攻で眠れそう」
わんこの身体に顔を埋めてみたい。一瞬、お日さまの香りをした滑らかな毛皮が頬をくすぐったような気がした。久しぶりに、忘れていたあくびが出ちゃいそう。そう思うといてもたってもいられず、わんこを追跡することにした。
わんこがたどり着いたのは、とある一軒の酒場だ。一見するとお店だとは思わない、控えめな外観。わんこを尾行していなければ、私だって見落としていたと思う。その店の扉を器用に前足で叩くと薄く扉が開き、わんこはあっという間に見えなくなってしまった。
「ああ、待って!」
思わず叫んだ私の声が聞こえたのか、閉まりかけた扉が再びゆっくりと開く。
「珍しいお客さんだね。いらっしゃい」
目を丸くしながら私を迎えてくれたのは、ふわふわの尻尾みたいな蜂蜜色の髪が印象的な店長さんだった。
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