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「ミリセントちゃん、よかったら家まで送るよ」 「そんな申し訳ないです。店長さん、お忙しいですよね」 「君がひとりでちゃんと家に帰れるかを心配していたら、仕事にならないからね。わたしの心の安寧のためにも送らせてほしい」  店長さんが私なんかを心配するはずないんだけれど、そう言われてしまえば、私だって悪い気はしない。ありがたく自宅まで送っていただくことにした。この流れで、店長さんの正体はあのわんこさんですかと聞くこともできるかもしれないし。それなのに、本当についてない。まさかこんなところで奴に会うなんて。 「ミリー、君は騙されているんだ。俺にはわかる」 「いつまでも愛称を呼ばないでくれる? 不愉快なんだけれど」  何をとち狂ったのか、元カレがドヤ顔で私に花束を差し出してきた。どうして急に復縁を申し込んできたのかなんて、簡単に予想できる。私の捨て方があまりに酷すぎて、騎士団内部で総スカンを食らったのだ。騎士団は男性の多い職場だから、みんなが自分の味方についてくれると思ったのかもしれないけれど、そうは問屋が卸さない。女性事務員さんのことを全員敵に回したあげく、新しい彼女ちゃんにも振られてしまったのだとか。  私を元カレから隠すように、店長さんが間に立ってくれる。 「ミーちゃん、このひと、知り合い?」 「元カレです」  っていうか、変な愛称を勝手につけないでください。猫ですか、私? 「もしよければ、わたしが片付けてしまうけれど?」 「いいえ、大丈夫です。これは、私と彼との問題ですから。私自身の手で片をつけます」  店長さんいけません! それって魔法ですよね?  わんこが人間を傷つけたら、最悪、保健所送りです。弁明次第で情状酌量の余地があるかもしれませんが、この男は自分に都合の良い言い訳をするに決まっています。万が一、店長さんに何かあったら、私、生きていけません。  まだ撫でさせてももらっていない、もふもふの毛並みを想像しながら、私は店長さんの揺れる長い髪を見つめた。よし、愛しのわんこのためなら頑張れる! 剣は持っていなくても、こんな男に負けはしない。 「カッコつけたはずが、女の子にかばわれるなんてダサすぎだろう」 「本当にダサいのは、嫌がる女性にしつこく絡み続ける自分だってことに気が付かないの?」 「なんだと!」 「きゃあ、こわあい! あ、手がすべっちゃった!」  いざとなれば、ぶりっ子な声くらい出せるんだよ。普段は気恥ずかしいし、必要もないのでやらないだけで。あら私ったら、「剣を振り回す可愛げのない女」って元カレたちに笑われていたこと、意外と根に持っていたみたい。嘘くさい悲鳴を上げるのと同時に、元カレの腹に拳を叩きこんだ。 「っぐえ!」 「まあ、すっかり夏らしいこと。こんな王都の裏通りにまで、カエルが出没するなんて。せっかくだから、捕まえて市場に持っていけばよい値段で売れるんじゃない? ほら、カエルの肝ってなんかの薬の材料になるって聞くし」 「おい、やめ、この人でなし!」 「あなたにだけは言われたくないから」  こういう奴にうっかり情けをかけてしまうと、痛い目を見るっていうのは職業柄身に染みている。私は元カレが再起不能になってくれるといいなと願いながら、ちくちく言葉を浴びせつつ、念入りに足で踏んづけておいた。ついでに、「酔っ払いに襲われた女性がいる」と匿名で騎士団にも通報しておいたので、うまくいけばこいつとは明日以降、顔を合わせなくて済むかもしれない。
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