第26話 フランス風サンドイッチ

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第26話 フランス風サンドイッチ

 幸太郎は初枝がサンドイッチの用意をしだすと、剛に少し肩を寄せて耳元に向かって話し始めた。 「少しお前の考えが読めてきた。つまり俺がこの件を誰かに聞いても正しい答えが得られない。それが答えだというのだな。そういうことなのだろう?」  その声は初枝にしっかり届いていたが、あえて聞いてないふりをして手早く食事の用意を進めている。剛はその気遣いに感心しながら幸太郎の問いに応えた。 「その通りさ、幸太郎。ただ、この一件が幸太郎個人に仕掛けられた手品であるかどうかはまだわからない。それを知る手掛かりは、今のこの状況――つまり幽霊だ化け猫だという騒ぎによって具体的に何が起きるのか、或いは何が起きなくなるのかということを考える必要がある」  剛の言葉をしっかりと飲み込み、幸太郎は導き出す答えを慎重に探っている。 「ことの始まり――あの洋館の敷地を資材置き場にするという話はそもそもどこから出た話で、どのような経緯で幸太郎の会社がこの仕事、あの洋館の管理をまかされるようになったのか。何か違和感のようなものはなかったか?」 「ふむ。神田神社の工事については、様々な人物や団体がかかわっている。日本橋に震災後の帝都復興都市計画を進めている国の出先機関があってな。そこから様々な仕事が大手の建築会社に道路や橋、鉄道といった公共工事に関する適正な予算の分配がなされているのだが。そうだな。俺のような青二才が直接そのようなところと接点を持つことはないのだが、神田神社の再建に関してはもういくつかのルートがあるのは知っている。つまり縦割りの行政の中ではそういうものは別となるわけだ。それぞれに座組があり、本来で言えば俺はその座組とは一切接点がない。それは珍しいことではあるが、特別であるかどうかで言えば、正直俺にもよくわからんのだよ」  剛はノートを広げ、幸太郎の話を略図でメモ書きしながら質問をした。 「つまり神田神社の再建工事そのものは、ある種特別な座組の中で執り行われる。まぁ神社仏閣の工事となれば、建築手法やそこで使う資材も特別なものとなるのだろう。しかし単純にそこだけの話ではなく、都市計画と連携している。こういう関係になるわけだな」  剛はノートに『神田神社』、『工事請負元』、『都市計画』とそれぞれを線で結び、そこに『幸太郎』と『洋館』と書き足した。 「幸太郎の直接の雇い主、発注元はそもそもあの洋館の管理を任されているところと言っていたか?」 「そうだな。うちはある不動産会社からその依頼を受けているが、そこももともとあの洋館を管理していたわけえではない。話によるとあの土地建物の所有者の後ろ盾、後見人、そんな言い方をしていたな。なんでも東京にはいないようで、地方としか聴いていないがそのような人物からの依頼だそうだ。しかしその依頼主の話で都市計画の監査のためという話があったそうだ。だから契約書にはそこからの依頼に従い、必要となればあの場所を完全に更地にする場合は、管理業務を別の業者に引き継ぐという事項が含まれている。実際そんな大仕事はうちだけでは手に余るしな」  剛は『不明の地主』、『後見人』、『不動産管理』と書き足し『幸太郎』と結びつけ、さらに『固定資産税』、『登記簿』とクエスチョンマークを書き足した。 「まずは正確な情報が必要だな。あの洋館の固定資産税はそれなりのものであるだろうし、空き家のままにしておく理由もよくわからない。洋館の中を観て思ったのだが、あの空間はどうも時間が止まっているように思える。変な意味ではなく、あの状態を維持することを誰かが望んでしているとしか思えないのだが、幸太郎はどう思う?」  幸太郎は一呼吸おいてすぐに応えた。 「あれはいいものだ。正直、壊してしまうのは惜しいと思う。買い手が簡単につくとも思えないが、あの家の持ち主は単に裕福で持て余しているというよりは、あの家とそこで過ごした時間、空間にただならぬ価値があると考えているのではないだろうか。俺はそう思いたい」  剛は幸太郎の言葉に何度か頷き、ノートに書き足す。 『洋館への想い』、『庭』、そして次のページに次のように箇条書きした。  「When」 いつから  「Where」 洋館  「Who」 家主、住人、庭師、手伝い  「What」 維持  「Why」 理由  「How」 手に入れた、手放した  幸太郎がそれを覗き見る。 「ほう、英語か。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうやって。であったか?」 「そうだ。我々の日本語というのは謎を解くには『あいまいさ』が邪魔をすることがある。その点英語は明快だ」  幸太郎は大きく頷き、そして「Who」部分を指さして言った。 「なるほど。家主のことばかり考えていたが、確かに庭師や手伝いがいたはずだな。調べてみる価値はありそうだ。だが、この「When」が問題だ。あの関東大震災が絡んでくるとなるとすべてが厄介だ」  剛はおさまりの悪い髪の毛を掻きむしりながら吐露した。 「そこなんだよ。幸太郎。しかし調べてみる価値はあると思う。あの建物は震災を生き延びた。そこからずっと手入れがしていないということもない。まずはそのあたりから探ろうじゃないか」 「お二人とも、一息つきませんか?」  初枝がハムとレタスを挟んだフランス風サンドイッチを差し出す。 「そうですね。今日はこれくらいにしておきましょう」  そういいながら剛はノートの「Why」の所に『猫』の文字を書き足しノートを閉じた。
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