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「佳純」  改札を出たところで、待っていた博己が右手を軽く上げた。 「お兄ちゃん!」  年が離れているため、彼と一緒に遊んだ覚えはあまりなく、せいぜい「相手をしてもらう」レベルでしかなかった。  同じ学校に通ったことさえない。小学校も入れ違いだったあめだ。  佳純にとっては、物心ついた時には傍にいた兄、というより小さな親に近いような存在の博己。  として、佳純を何かと思いやって大切にしてくれる。 「お兄ちゃん、いっつもゴメンね。めんどくさいでしょ?」 「いやぁ? バイト料貰ってるしな、お母さんに。だからこれは俺の『仕事』。気にすんな」  何でもない風に(うそぶ)く彼。  けれども佳純は母に聞いて知っていた。『バイト料』が月千円だということを。つまり、週二回の通塾で一回当たり百円程度なのだ。  これではまるで小学一年生のお手伝いの相場ではないか。  母によると、「無料(タダ)じゃかえってお母さんも佳純ちゃんも気を遣うから、博己くんも仕方なく受け取ってるんじゃない? 千円」らしい。  しかも夏期講習が始まって日数が増えた今も、額は据え置きだという。  ちなみに『お礼』としてもっと出すつもりだったのを彼が固辞したのだとか。  母としてはどうしても受け取って欲しかったのだろうが、遠慮する博己の気持ちもわかるため無理強いできなかったのかもしれない。
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