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「あら、おかえり。ご飯は?」
「……要らない。カフェでちょっと食べたし。なんか疲れちゃった」
二人と別れて帰宅した佳純を迎えてくれた母に、緩慢に首を振る。
そのまま自分の部屋に向かい、ベッドに身体を投げ出した。
とっておきのお洒落なワンピースが皺になる。
まずは着替えて、普段より念入りなメイクも落とさなければ。
頭では冷静に考えているのに、どうしても動くことができなかった。
「ズルいよ、お兄ちゃん」
知らず声が漏れてしまう。
佳純の『男』の基準は、ずっと博己だった。
レベルを上げるだけ上げてあっさり梯子を外されたような、というのは、いくらなんでも被害妄想だとわかってはいるのだが。
中高は共に公立の共学校だったし、大学に入ってからも当然ながら周りに同年代の男子は多い。
友人として喋ったり遊んだりする分には何も問題はなかった。そこに性別は必要以上には介在しないからだ。
しかし、少しでも恋愛感情を混ぜられると一気に冷めてしまうのだ。
無意識に博己と比べて不合格の烙印を押してしまう自分に、佳純は逆に戸惑っていた。
彼は共に生きる伴侶を見つけた。
結婚したら、義兄の家族は妻である彼女だけになる。子どもが生まれたらその子も加わる。
……佳純は単なる『親族』でしかなくなるのだ。これは仮に実妹だったとしても変わらない、のだが。
かおりがもっと嫌な女ならよかった。それなら心置きなく憎めるのに。
けれど佳純の頭を過った醜い感情は、ほんの一瞬で泡のように消えた。
敢えて言葉にするまでもなく、佳純は博己の不幸を望んでいるわけではない。大好きな「お兄ちゃん」には、誰よりも幸せになって欲しいというのが掛け値なしの本音だった。
そのために己が苦しい思いをするとしても。
だから、これをいい機会だと捉えなければ。
白馬の王子さまは、ただぼんやりと待っていても向こうから来てはくれない。義兄とは違って。
二十歳になった佳純は、それぐらいとうに気づいている。
これは己が乗り越えなければならない、心の中の「山」のようなものだと。
隣り合った山と山は永遠に距離を保ったまま。決して離れることはないが、それ以上近づくこともあり得ない。
佳純と博己の関係も、きっとそういうものなのだ。
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