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日本には現在、1200以上の「道の駅」が設置されているという。
それぞれの地域の住民にとっては「地域の連携のため」という一面もあるそうだが、自動車で通りかかる我々から見れば、一般道に用意された公的な休憩所。高速道路におけるサービスエリアやパーキングエリアに相当するものだろう。
全国で1200以上といっても、例えば東京都には1つしかないらしい。関東地方で一番多いのは群馬県で、33箇所に道の駅が設置されているそうだ。
自動車関連で群馬といえば、漫画やアニメの影響かもしれないが「走り屋が多い」というイメージだ。榛名や妙義、碓氷峠など、有名なスポットも実在している。
俺自身は堅実なドライバーで、安全運転がモットーだ。走り屋とは程遠いのだが……。
その日の俺が走っていたのは、そんな連中が出没してもおかしくないような、山奥のクネクネした道路ばかりだった。
不慣れな走りにくい道で運転し続けるのは、思った以上に疲れた。すっかり遅くなり、あっというまに周囲は暗くなっていく。
空は雲に覆われて、月の光も星の瞬きも全く見えない。暗闇に包まれる前に街まで降りたかったけれど、どうやら間に合わないようで……。
それでも幸いなことに、山中に設置された道の駅を発見。宿泊施設までは用意されていないが、車中泊でも十分と考えて、道の駅の駐車場に車を停める。
他にも何台か停車しているのは、俺と同じく車中泊の連中だろうか。
俺が確保したのは、街灯の近くのスペース。明る過ぎたら眠りの邪魔だが、闇夜なので若干の照明は必要と判断したのだ。
運転席のシートを傾けて、夜が明けるまで一眠り。そのつもりで目を閉じたけれど、1時間もしないうちに起こされてしまう。
いや「1時間もしないうちに」というのは体感時間の話であり、実際にはかなりの時間が経っていた。チラリとスマホで確認すると、午前2時過ぎ。ちょうど「草木も眠る丑三つ時」と呼ばれる時間帯だった。
いったい何に起こされたのか、最初は全くわからなかった。しかし少しずつ意識が覚醒すると共に、状況を理解する。誰かが俺の車の窓をコンコンとノックしていたのだ。
なまじ「草木も眠る丑三つ時」なんて考えたせいで、お化けとか幽霊みたいな、オカルト的な存在を思い浮かべてしまう。いや現実の人間だとしても、暴走族や不良の類いに囲まれたりしたら、そちらの方がもっと怖い状態かもしれない。
とにかく恐ろしくなって、慌てて窓の外を確認すると……。
そこに立っていたのは、制服姿の警察官たち。がっしりした丸顔の男と、細目の優男の二人組だった。
幽霊でもなければ暴力的な人間でもない。ホッとした俺が窓を開けると、優男の方が声をかけてくる。
「すいません。ちょっとお時間いいですか?」
「な、何事でしょうか……?」
質問に質問で返してしまった。「警察官に詰問されている」という状況を意識した途端、先ほどの安堵感は完全に吹き飛んでいたのだ。
俺の動揺は、わかりやすかったらしい。「まあ落ち着いて」と言わんばかりの仕草で、細目の優男が両手を軽く前に出す。
がっしりした男の方も、穏和な笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「慌てなくても大丈夫です。形式的な職務質問に過ぎないですから」
「しょ、職務質問……!?」
学生時代の友人たちの中には「自転車で夜道を走っていると、よく警察に呼び止められる」と愚痴る者もいたけれど、俺自身にはそんな経験はなかった。職務質問なんて受けるのは、生まれて初めての出来事だ。
「いやいや、大袈裟に考えないでください。県外ナンバーの車でしたので一応……という程度です」
「そういう決まりでしてね。本当に形式的なものですから」
二人の警察官は、声も表情もとても穏やかだった。彼らのリラックスした態度のおかげで、俺もようやく落ち着くことが出来て……。
ドライブの帰りという簡単な説明と、運転免許証を見せただけで、人生初の職務質問は終わりとなった。
「お手数をおかけしました。それでは、おやすみなさい」
爽やかな挨拶と共に、二人の警察官は立ち去っていく。
……かと思いきや、ここで再び驚かされる。この夜の最大の衝撃だった。
彼らの姿がスーッと薄くなり、まるで霞か幻みたいに、その場で消えてしまったのだから!
後で知った話によると、3年前にあの場所で二人の警察官が刺殺されたらしい。
停まっていた車に職務質問したところ、相手が凶悪な指名手配犯だった……という経緯だそうだ。
そもそも警察官が二人組で行動するのは、一人だけでは対処できないほど危険な状況を想定しているからのはず。しかしおそらく当時もあの二人は「形式的なものですから」「県外ナンバーの車でしたので一応」という程度の温い心構えで、しかも偶然凶悪犯に職務質問したため、あっけなく殉職する羽目に陥ったのだろう。
成仏できずに彷徨いながら、今でも職務質問を繰り返す警察官たち。幽霊二人の穏やかな声と表情を思い出す度、俺は「怖い」と感じるより先に、憐憫の情を抱いてしまうのだった。
(「山奥の駐車場にて」完)
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