スタート地点に戻ってもそこには誰もいなかった

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     それは夏合宿の最中(さいちゅう)、三日目の夜の出来事だった。  宿泊地は人里離れた山奥で、いくら大きな声を出してもバタバタ騒いでも大丈夫という環境だ。真面目な部活動のようなサークルなので、夏合宿は一週間ずっと、朝から夕方まで基本的に練習漬けだった。  それでも夕食後は自由時間となるし、レクリエーションと称してちょっとしたイベントの用意もある。その日の肝試しも、そんな息抜きイベントの一環だった。 「ここは『人喰いの山』と呼ばれる場所でね……」  先輩の説明によれば、昔からこの辺りでは行方不明になる者が出ていたという。いわゆる神隠しというやつだ。 「だから気をつけて進むんだぞ。お化けなんかより、神隠しの方がよっぽど怖いだろ?」  どうせ僕たちを(おびえ)えさせようとする作り話に過ぎない。いや本当に神隠しの伝承が残っているにしても、しょせん昔々の言い伝えだろう。現代社会には似つかわしくなく、現実味も感じられない。  心の中ではそう思うものの、上辺(うわべ)は神妙な表情で頷いて、僕たちは出発するのだった。    
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