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「あれ……?」
僕の口からは、戸惑いの言葉が飛び出してしまう。
スタート地点まで戻っても、そこに仲間たちの姿はなく、目の前の宿舎も真っ暗。みんな既に寝静まったかのように、部屋だけでなく廊下も玄関も完全に消灯されていたのだ。
驚くと同時に頭に浮かんできたのが、これこそが肝試しの演出なのではないか、という可能性。一種のドッキリではないか、と考えたのだ。
「ねえ、滝里さんはどう思う……?」
彼女の意見も聞こうと思って、懐中電灯の光を隣に向けて……。
その瞬間、僕はさらなる驚愕に見舞われることになった。
今の今まで一緒に歩いていたはずなのに、彼女の姿がない。懐中電灯を振り回し、前後左右を探しても、どこにも見当たらないのだった。
すっかり怖くなって、真っ暗な宿舎に駆け込む。
「みんな、どこにいるんだ?」
恥ずかしいほどの大声で建物を走り回ったが、反応は全く返ってこなかった。サークルの仲間たちだけでなく、宿舎の従業員たちの気配すら感じられない。
「おいおい。これはもう『ドッキリ』の範疇を超えているぞ……」
何らかの異常事態が起こったに違いない。それこそ先輩が言っていた『神隠し』みたいな。
ようやく悟った僕は、無人の宿舎から飛び出して、夜の山道を歩き出す。
もちろん、先ほどの肝試しコースではなかった。山から出て、麓の市街地へと向かう道路だ。
しばらく歩くと、ようやく辿り着いた。大都会ではなく地方都市の一画に過ぎないけれど、今までいた場所が山奥だったせいか、妙に都会的な街に感じられる。
コンビニエンスストアなど、夜遅くでも営業している店もあった。ガラス越しに、店員や客の姿も見える。無人ではないことに安堵して駆け込みたい気持ちにもなったが、グッと我慢。問題解決のためには、然るべき筋に訴え出る必要があるだろう。
そう考えた僕はさらに歩いて、交番を見つけ出す。中にいたお巡りさんに事情を話すと……。
「いったい何の冗談ですかな?」
最初は親身になって聞いてくれていたのに、泊まっていた宿舎の名前や場所を告げた途端、お巡りさんの顔色が変わった。
そして彼は僕に告げる。あそこは三年も前に閉館している、と。
「そんなはずはない! だって僕は、大学のサークルの合宿で……」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、身分証を提示してもらえますか?」
ちょうど「大学のサークルの合宿」という話もあるので、僕は大学の学生証を取り出す。
しかし、それを目にしたお巡りさんは、さらに不機嫌そうに顔をしかめるのだった。
「ふざけているのかね、君は? 今は平成どころか、もう令和の時代だぞ。それなのに、こんな昭和の昔の学生証を持ち出すなんて……」
(「スタート地点に戻ってもそこには誰もいなかった」完)
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