接近

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接近

 「ね、藤原君って生徒会のお手伝い結構長かったんでしょう?花柳会長の好みのタイプって知ってる?それか仲良しの相手とか。」  お昼前に徳永玲にいきなり話しかけられて、冬馬は動揺を隠せなかった。主人公や、攻略対象とは距離を置いておきたいのに、どうしてこんなピンポイントの話題を振られるんだろう。  とは言え、主人公が攻略対象とラブラブゲージを重ねるのは自然な事だ。冬馬はそう考えて一瞬の間の後、微笑んでどうか応えるべきかと考えた。  「…そう言われても、花柳会長とはその手の話はしたことが無いんだ。生徒会に出入りしている徳永なら分かるだろうけど、元々先輩は誰に対しても優しく振る舞うから。…仲良しって意味なら、副会長とは仲が良いんじゃない?」  僕の答えは徳永の期待とは違った様子で、あからさまにガッカリした様子で冬馬から顔を背けた。丁度視線の先に教室に顔を出した真琴の姿があった。  真琴に手を挙げて合図をした冬馬は、徳永がじっと真琴の事を見つめているのに気がついた。その姿を気にしながら冬馬が真琴のところへ向かおうと席を立つと、徳永は小さな声で冬馬に耳打ちした。 「あの人誰?」  けれど冬馬は聞こえないふりをした。徳永を露骨に無視した形になってしまったけれど、正直真琴を徳永に近づかせたく無いと思ってしまった。急ぎ足で教室のドアまで出向くと、真琴が冬馬を見つめて言った。 「…何かあった?」  そう言いつつ、チラッと冬馬の背後を見つめた。その表情からは何も感じなかったけれど、冬馬は真琴の腕を掴んで歩き出した。 「早くランチルーム行かないと、定食売り切れちゃうだろ?」  すると後ろから少し高い声が響いた。  「ねえ、藤原君。一緒にお昼食べようって言ったよね。置いていかないでよ。」  ギョッとして振り返ると、徳永がにっこり微笑んでそこに立っていた。何か聞きたげな真琴の視線を感じながら、冬馬はため息をついて流石に振り切るのは無理だと悟った。  周囲の羨望の視線の中で、まさか徳永を無視は出来ない。ところが真琴が徳永に酷く冷たい口調で言い放った。 「冬馬、約束した訳じゃ無いんだろ?あんた悪いけど、今日は冬馬と二人で話があるから遠慮してくれないか?」  目を見開いて引き攣った表情を浮かべる徳永を見て、どこか疼く様な嬉しさを感じたのは自分でも意外だった。冬馬は真琴にせき立てられるまま、背中に徳永の視線を感じながら廊下を進んだ。 「…何であんな事徳永に言った?」  冬馬が真琴に目を向けない様にしてそう尋ねると、真琴は笑いの籠った口調で答えた。 「えー?何となく冬馬は嫌がっている気がしてさ。実際は一緒に食べたかったとか?それだったら余計なことしたか?」  冬馬は慌てて首を振って、少し口を尖らせて呟いた。何だか真琴の方を見られない。 「一緒には食べたくはなかったから、良かったけど…。」  真琴は冬馬の肩に手を回して、その尖った唇を空いた指先で弾いた。 「可愛い顔してるとチュウするぞ?まぁ、そもそも俺は冬馬以外と飯食いたくないからな。特にあの手のタイプは苦手だ。姫扱いされないと気が済まなさそうだろ?」  冬馬は真琴の辛辣な物言いに苦笑しつつも何処かホッとして、余計なことはそれ以上言わずに一緒にお昼を食べた。  後から取り巻きを連れた徳永が離れたテーブルに座るのを見るとも無しに見つめると、徳永が分かりやすく顔を背けたのを感じてすっかり嫌われてしまったと冬馬は思った。  まぁ主人公とは離れていた方がいい。  「冬馬、元気でしたか?最近生徒会に顔を見せないでしょう?冬馬がいないと、物足りないですね。」  不意にテーブルの側に立った花柳会長にそう声を掛けられて、僕は罪悪感と嬉しさに思わず立ち上がった。 「花柳先輩…。急に行けなくなってすみませんでした。」  冬馬はそれ以上言うべき言葉が見つからずに、思わず項垂れて黙り込んだ。何だかこんなに良い人を妄想で裏切った自分が間抜けに思えた。すると花柳先輩がにっこり微笑んで、スラリとした身体を冬馬にかがみ込ませて耳元で囁いた。  「…今度一緒に何処か行きましょう。それで許してあげます。また連絡しますね。」  そう言うと微笑んで立ち去ってしまった。冬馬は花柳先輩の言葉にぼんやりとしてしまって、目の前の真琴が花柳先輩の後ろ姿を睨んでいる事とか、冬馬の事をじっと見つめている徳永の視線に全く気づかなかった。  一緒に出掛ける?それって花柳先輩とデートって事!?先輩ってどうしてあんなに良い匂いなんだ?冬馬の頭の中は周囲の思惑など何処へやら、そんな事でいっぱいだった。
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