見下ろす面々

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見下ろす面々

 終業チャイムが鳴り終わる前に、今日も冬馬はその勢いに目を見開くクラスメイトを尻目に教室を飛び出した。いつもなら親友の真琴が迎えに来るまで誰かしらとくっちゃべっているか生徒会室へ向かうのに、三日前から冬馬の教室を飛び出す時間はじわじわ早くなっていた。  何としても彼らに捕まる前に学校を出なくては。それだけが自分の積み上げたラブラブゲージから逃れる唯一つの方法な気がしていた。  まだ誰も来ないがらんとした校舎のホールから飛び出すと、正門まで真っ直ぐに伸びる、新緑が濃くなった煉瓦敷の路を急ぎ足で歩いた。  その時の冬馬の失敗は、まだほとんど生徒が歩いていなかったせいで、校舎の窓から丸見えだった事に気づけなかった事だ。三階の生徒会室からエントランスを見下ろしていた京極周人(きょうごくしゅうと)は、眼鏡をかけ直しながら目を細めて、丁度部屋に入って来た錦戸大和に尋ねた。 「…あれって冬馬じゃないのか?大和、あいつ今日も生徒会室に来ないつもりなのか?」  すると大和は窓からひょっこりと顔を出して、丁度正門を出る冬馬を見つめた。 「今日は聞いてないですけどね。花柳先輩のとこには休むって連絡来てるかもしれませんよ?冬馬、花柳先輩にめっちゃ懐いてるでしょ?」 「…そうか?冬馬は誰にでも尻尾振ってるだろう?」  丁度生徒会室の扉が開いて、花柳蘇芳(はなやぎすおう)の凛とした声が響いた。 「誰が尻尾振ってるって?ふふ、私の知ってる冬馬はどちらかと言うと気まぐれな猫みたいだと思ったけどね。だから手懐けられない部分があるんでしょう?」  窓から離れた周人は、肩をすくめてその一見真面目そうな顔を緩めた。 「確かに。急にそっぽ向かれると寂しいけど、お仕置きしたら引っかかれそうだ。」  大和は不穏な空気を醸し出す二人の先輩に顔を顰めた。 「先輩たちがそんな風にするから怖がって来なくなったんじゃないんですか?癒しの冬馬が来ないなら、俺も生徒会の仕事するの嫌になりそう。あーあ、冬馬の弱い脇腹摘んで、あの可愛い悲鳴聞きたいのに。」 「…お前の方がよっぽどじゃないか。明日は教室へ迎えに行って連れてこいよ、大和。俺も蘇芳も冬馬が居ないと張り合いがなくなるからな。」  いかにもなスポーツマンタイプの大和は、この学園で人気者の二人の顔を見つめてため息をついた。  「…生徒会長と副会長が癒しにしてるとか、生徒達にバレたらあいつ吊るされそうですね。」  そう言いつつも大和は、実際気の置けない冬馬の屈託の無さは、いつも特別視されている彼らにはホッとするのかもしれないと思った。学園で敬愛を一心に集めている生徒会執行部の要であるこの二人も大和も、常に他人から期待され、羨望の視線が絶えることがない。  全寮制で名門とされるこの白薔薇学園は、全国から優秀な師弟が集まっている。卒業したOBが子供を入学させると言う名門中高一貫校あるあるもあって、生徒達の親が著名人やら、経営者、大企業の関係者であるのも自然の流れだった。  実家が茶道花柳流の家元である生徒会長の花柳蘇芳は、肩までの長い髪をした柔らかな雰囲気の美しい青年だった。子供の頃からアパレルブランドのモデルもしていて、最近は勉強優先で露出は減っているものの、全国に根強いファンは多い。  一方副会長の京極周人は、三代続く有名国会議員の家の出身で、歳の離れた周人の兄は次期後継として既に父親の秘書をしている。本人も眼鏡をして一見お堅い雰囲気はあるものの、多くの目がない時は真面目そうな顔に見合わず毒舌だ。  そんな食えない二人の先輩から視線を逸らした広報担当の大和は、窓の方を振り返って帰宅する生徒の増えた正門を見下ろした。京極先輩に言われたからと言うわけじゃないけれど、明日は冬馬を連れてこようと決心していた。    
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