嫉妬

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嫉妬

 「痛っ!真琴、ちょっと待てって!」  冬馬は真琴に引き摺られるようにランチルームから連れ出されていた。何か真琴の気に触ってしまったのかもしれないと思いつつも、冬馬はこんな黙りこくって怖い感じの真琴はヤバいと知っていた。 「ちょ、どうしたんだよ。なぁ、黙ってたら分かんないって。」  ひと気の無い教材準備室に連れ込まれた冬馬は、初めての場所に周囲を見回した。ダンボール箱が積まれている棚が幾つかあるせいで見通しが悪いこの部屋の奥に連れて行かれた冬馬の目の前に、革張りの三人掛けのソファが現れた。  「何、この部屋…。」  戸惑った冬馬は、さっきこの部屋の鍵を真琴が閉めたのを思い出してハッと顔を上げた。 「ここ?ヤリ部屋。この学園はこの手の部屋があちこちにあるんだ。俺たちみたいに血気盛んな男子には必要だって学園側もよく分かってるんじゃないのか?」  真琴がこともな気にそう言いながら、冬馬を軽く押してソファに座らせた。  何だか不味い気がすると思いつつも、冬馬は真琴を見上げて尋ねた。  「やり部屋って。…別に俺たちそう言うんじゃないだろ?」  自分で言いながら、冬馬は自分の言葉に自信を失った。キスして腰砕けにさせられたのに。真琴の事を主人公である徳永に近寄らせたくなかったくせに。  ギシリとソファにのし掛かりながら、真琴はテキパキと自分の首元のボタンを外してシャツを脱いでしまった。鍛えられた半裸のシックスパックが目の前に現れて、冬馬は一気に落ち着かない気持ちになった。 「なに脱いでんの!はは、真琴冗談が過ぎる…、って。」  けれど粘りつく真琴の視線はそれを冗談だとは告げていない。 「冬馬が俺の前で生徒会長といちゃしてたのを見せられたら、ちゃんと誰のものか教えてあげなきゃじゃない?」  確かに先輩に仄めかされてボウっとなったのはそうだけど、それとこれは繋がるのか?冬馬は真琴の指先が自分の頬を撫でて首筋をなぞっていくのを感じながらぐるぐる考えた。 「ドキドキしてる…。冬馬、俺とキスしてどう思った?気持ち良かった?もっとしたいって思わなかったか?」  真琴に痛いところを突かれて、冬馬は顔が熱くなるのを感じて視線を逸らした。確かにもっとしてたらどうだったのかって日毎に思う様になっている。  「俺は冬馬をむちゃくちゃにしたいって毎日思ってる。結局こんな風に我慢できなかったけどね。かといって無理やりそんな事をしたい訳じゃない。冬馬に嫌われたら死にそう。」  真琴の声が微かに震えているのを感じて冬馬はハッとして顔を上げた。緊張で引き攣った真琴の表情は、不安を滲ませていて傍若無人な真琴が見せたことがないものだった。 「…お前狡いよ。そんな顔されたら、俺だって誤魔化せないだろ。お前とのキスは正直全然違和感なかった。どっちかと言うと気持ち良かったし…。それにその、徳永を振り切ってくれてちょっと嬉しかったっていうか…。あー、今のなしで!」  思いの外自分の気持ちを曝け出してしまった気がして、冬馬はやっぱり真琴から目を逸らした。心臓のドキドキがヤバ過ぎる。 「かわいい…。ああ、なにこの人。想像以上なんだけど。」  かわいい?冬馬が恐る恐る視線を戻すと、満面の笑み、いや、どこか怖い様な笑顔を浮かべた真琴が冬馬を抱きしめて来た。ぎゅっと抱きしめると、真琴はゆっくり息を吸い込んだ。 「俺、冬馬の匂い凄い好きだ…。昔からエロい匂いして。」  さっきのしおらしさは何処に置いて来たのかと、冬馬は恥ずかしさに真琴の腕の中から逃れようと暴れた。手に触れる真琴の素肌が熱くて、こっちまでどうにかなりそうだ。 「どうどう、ほら暴れるなって。良い子にしてって。」  ガッチリと冬馬の手を掴んだ真琴は絶対逃してくれる気は無さそうだった。冬馬は冷静な顔をしてる様で必死なこの目の前の親友が、どこかいじらしい気もして来て苦笑していた。  「お前何なの?俺の事好き過ぎ?」  真琴の顔がじわじわと赤らんで、ふいと冬馬の視線から顔を背けて口を尖らせた。 「だからさっきから言ってんじゃん。死にそうだって。」  感情が不安定になってた冬馬は妙にテンションが上がって、クスッと笑いながら目の前の派手な顔をした親友を見つめた。平凡な自分の親友にしておくには真琴はかっこいい。その熱いシックスパックだってじっくり触れてみたいと思うのは、自分もおかしくなってしまったんだろうか。  「…キスしないの?」  自分の口から出た言葉とは思えなかったけれど、冬馬は何処か高揚した気分のまま目を見開く真琴を見つめていた。真琴は孤高のイケメンだけどかわいいとこもあるんだなと思いながら。
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