一線

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一線

 冬馬はベッドの上で落ち着かない気持ちのまま身悶えていた。徳永が主人公だとか、花柳先輩が声をかけてきた事とか、攻略対象がどうのとか、全てが今日の強烈な出来事の前では霞んでしまった。  結局自分から真琴とのエロい事を望んでしまったのは確かだった。あそこ迄考えていた訳じゃないけれど、少なくとも真琴とキスしたいと思ったのは事実だ。  自分がこの世界の主人公でないのは徳永が存在するから確かだろうと思うけれど、それとは関係なしに冬馬はすっかりこの学園の空気に染まっているとため息をついた。  それとも元々自分に男もいける素養があったんだろうか。  こうして男子校で寮生活を送っているからって、皆が皆BLに染まる訳じゃないだろう。そう考えれば冬馬は真琴に迫られて拒絶するどころか受け入れて、挙げ句の果てには行為の真似事までしてしまっている。    それに花柳先輩にもときめいて…。  まぁ誰だってあんな風に生徒会長に特別扱いされたらドキドキしてしまうかもしれない。そう、会長は性別を超えている。  会長といえば徳永だけど、結局主人公である徳永に隠れキャラである真琴を取られたくなくて、あんな風に無視して牽制してしまったのだと、今更ながら自分の行動を振り返ると赤面ものだと冬馬は思った。  結局親友の真琴を取られたくなかったとか、それとも他の理由があるのかとか、これ以上考え無くても答えは目の前にぶら下がっていた。  「はぁ…。まじか。」  冬馬は両手で顔を覆って叫ばない様に呻いた。  すっかり冬馬は真琴に落とされていた。明日真琴の顔を見るのが何だか怖い。と言うより夕食の時間に顔を合わせるだろう?どんな顔をしたらいいんだろう。  心の準備が整わないうちに時間は迫ってきて、ノロノロと冬馬は食堂に向かった。  18時半から二時間の間が夕食時間と決められていて、育ち盛りの寮生たちは自然開始早々食堂に押し寄せる。だからいつもよりゆっくりの、ポツポツとしか寮生のいない20時に、冬馬は食事を受け取ってテレビから離れた6人掛けのテーブルについた。  騒がしいバラエティ番組を見るともなしに眺めながら食事をしている冬馬のテーブルに、新しく座る生徒がいた。 「冬馬、随分遅いな。」  それは錦戸大和だった。久しぶりに顔を合わせる大和に、冬馬は思わずにっこり笑って答えた。 「ああ、大和。遅いな。もしかして生徒会?」  すると大和はニヤリと笑って首を振って呟いた。 「いや、野暮用。冬馬には逃げられちゃったけど、俺結構モテるんだ。健全な高校生だからさ、色々発散しないとやってられなくない?」  そう言えばそうだった。大和の設定はセフレの間を渡り歩く軽い男だったな。冬馬は苦笑しながら悪びれない大和をじっと見つめた。 「ふーん?何かいつもと返しが違うなぁ。冬馬は『は!?何言ってんの?爛れすぎ!』って顔赤くするとこまでがセットだと思ったんだけどな。しかもほら、その顔。あー?もしかして誰かとえっちしちゃった?」  いや、一体何でそう言う結論なんだ。正直その通りなのも何だか怖すぎる。冬馬は動揺を隠しながら、口にご飯を放り込んで黙秘した。  大和は視線を避ける冬馬をジロジロ見つめながら追求の手を止めない。 「せっかく徳永から守ってやったのになぁ。教えないとチクるぞ?あいつ結構やばい奴だと思うんだけど。」  冬馬は大和の口から以外な名前を聞いて顔を上げた。 「…徳永が何?」  するとニヤリと笑った大和が楽し気に言った。 「等価交換だ。お前の秘密も教えろよ?徳永は花柳先輩狙いだって知ってたか?しかもあいつ、俺が言うのもアレだけどビッチって言うの?結構なだよ。  お姫様が花柳先輩のお目当ては誰か知りたがったからさ、俺はうっかり冬馬の事を話しそうになったわけだ。でもあの手のタイプは裏で何するか分からないだろ?  冬馬の身の安全を考えて黙秘したって訳だ。感謝しろよ?…で?等価交換だ。そんな顔させる相手は誰だ?」  冬馬は大和の案外真剣そうな眼差しに、ここは誤魔化されてくれない気がした。しかし徳永が花柳先輩の事をロックオンしていたのは知ってたけど、大和の俺への買い被りには賛同できない。 「…そうなんだ。でも俺と花柳先輩って関係ある?お気に入りって?」  大和は食事を終えながら呆れ顔で冬馬を見た。 「自覚ないな。俺だって冬馬に粉かけるくらいに、花柳先輩も冬馬に気があると思うけどね。あの人は誰にでも優しいけど、冬馬には特別扱いしてたと思ったけどな。何か言われた事ない?」  大和にそう言われて、冬馬はさっきの真琴とのきっかけが何だったかを思い出した。 「…あ。そう言う事?出掛けようって言われたけど、別に深い意味はないと思った。」  大和は肩をすくめて冬馬の分のトレーをも手にすると立ち上がった。 「そう言う鈍いとこも良いのかもね。それで?相手は誰?」  話に誤魔化されてくれない大和の後をついていきながら、冬馬は食器を下げてくれた大和に礼を言って周囲を見回した。まだ数人残っている中で迂闊なことは言えない。冬馬は先に立って歩き出しながら大和に声を掛けた。 「…ちょっと着いてきて。」
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