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籠っても居られない
結局妄想と決めつけるには鮮明過ぎる記憶に冬馬は顔を強張らせた。あの妄想内の姉に攻略手伝いさせられたのは、《白薔薇学園の箱庭》とパッケージされた攻略ゲームで、よりにもよってBLハーレムゲームだった。
名門全寮制男子校で生徒会役員三人の攻略対象者と日々ラブラブゲージを上げることでカップリングするゲームだ。ただし隠れキャラも居て、姉の興奮ぶりからそれが俺の親友である橘真琴の事だと思い出していた。
自分がハーレムBLゲームの中に紛れ込んでしまったのか、それともそう考える方が妄想の賜物なのか分からず、冬馬は頭を掻きむしった。
これが単なる夢想なら良い。いや、現実がハーレムBLゲームに似ているなんて考えるのもヤバいけれど、そこは無視できる。そう冬馬はため息と共にドサリとベッドに寄り掛かって、走り書きしたメモを見下ろした。
親友枠 橘 真琴 ヤンデレ
同級生 錦戸 大和 ヤリチン
先輩 花柳 蘇芳 エロ溺愛
先輩 京極 周人 クーデレ
攻略ポイントの片鱗は実際彼らから感じるだろうか?考え込んでいた冬馬はハッと身体を起こして目を見開いた。現実があまりにも記憶の中の攻略ゲームに似ているからって、冬馬自身の存在はそこには無い事に気づいたからだ。
朧げながら、妄想姉の進めていたゲームの主人公設定は、冬馬とは全然似つかわしくない純情そうな男子生徒だったはずだ。妄想姉の言葉を借りれば、[あんたが少しでもこの可愛子ちゃんのエキスを持っていてくれれば私もずっと楽しかったのに…。]らしい。
妄想姉の言葉に酷く安堵している自分もおかしな話だが、周囲の環境があまりにもゲームそのものだったからと言って、自分が彼らの対象になるのかもしれないと思い込んでいた冬馬は、妙に笑えて来た。
彼らに距離が近かったからと言って、俺は主人公でも何でもない。ただのモブキャラだ。そう気づいて仕舞えば、これまでの色々な状況が全部自意識過剰のなせる技だったと思い当たって、冬馬は安心感と共に一人可笑しくなって声を立てて笑った。
一人笑っていると部屋のドアがノックされて声が掛かった。
「冬馬居るか?俺、真琴だけど。」
冬馬は手元のキャラメモを丸めるとゴミ箱に放り込んだ。妄想もここまで来るとヤバい人間だなと苦笑した冬馬は、部屋の扉を開けて笑いの残った表情で真琴を迎えた。
「お前、教室で待ってろって言っただろう?先に帰るとか薄情じゃないか。」
今の安堵した冬馬には不満気な真琴の言葉も妙に嬉しくて、部屋に招き入れながら真琴がベッドに腰を下ろすのを横目に、自室の冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出した。
「悪かったって。ちょっと色々考えることがあってさ。でも考え過ぎだって分かったから、何かもうスッキリしたよ。」
「…そうか。まぁ俺は冬馬がいつも通りにしてくれるなら特に不満はないけどね。最近はお前が生徒会に搾取されなくてどっちかと言うとホッとしてるし。」
冬馬は真琴の意外な言葉に驚いて、炭酸水のボトルを真琴に放ると自分は回転椅子にギシリと座って首を傾げた。
「俺が搾取されてる?まぁ頼まれたからって役員でもないのに生徒会に出入りしてるのは、あんまり外聞は良くないよなぁ。今までは気にしてなかったけど、今度からあまり関わるのは止めようかな。」
「…なら良いけど。前からそう言ってたのに、お前全然聞く耳持たなかっただろ?良かったよ、分かってくれて。冬馬は俺と連んでれば良いんだ。」
真琴が冗談ともつかない妙な独占欲を見せた気がしたけれど、最近冷たくしていた反動かと冬馬はその違和感をやり過ごしてしまった。 さっきメモした様に真琴がヤンデレ気質かもしれないという疑念も、冬馬は自分には関係ない事だとすっかり手放していた。
そう、真琴がいつも以上に機嫌良くしている様子にどこかホッとさえしていた。
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