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…大丈夫だよな?
「冬馬、最近生徒会室に顔出さないだろ?先輩たち寂しがってたよ。」
冬馬は今、またもや空き教室で顔を引き攣らせていた。どうして大和に拘束されているのか理由が分からない。分かるのは目の前のこいつも妄想BLゲームの攻略対象だってことだ。
真琴と同じクラスの錦戸大和は185cmと体格に恵まれた男だ。冬馬は172cmしかないので、いつも羨望と妬みを感じさせる。いかにも運動選手という一軍タイプの大和は、高校一年生迄は強豪水球部にいたのに、なぜかあっさりと退部して気づけば生徒会で広報を担当している。
「あー、でも俺役員でもないのに図々しくも出入りしてたのって、他の生徒から色々言われたのも当たり前だったなって今更気づいたって言うか。反省してるんだ。役員の補佐なら俺より有能でやりたがっている生徒は多いだろう?
…実際困らなくない?話はそれだけ?」
冬馬は知っていた。と言うか、自分がモブキャラだとしてもこれ以上攻略対象者らと近づくのは悪手だと思って、保険を兼ねて冬馬自らが声を掛けて生徒会へ助っ人をしたがる生徒を送り込んだのだから。案の定、大和は顔を顰めて冬馬にこれ以上文句を言えない様子だった。
だから冬馬はどこか油断して、愛想笑いを貼り付けて大和の横をすり抜けて空き教室から出て行こうとした。
その時大和に後ろからウエストを両手で掴まれた冬馬は、突然の事に対応できなかった。時々生徒会室でも大和がふざけてくすぐる事があった。冬馬はまたいつものそれかと思って、止めろよと言いつつ逃れようと身体を捻った。
けれどいつもよりずっとガッチリと掴まれていたせいで自分の身体を擦り付ける羽目になって、気づけば冬馬は大和を見上げる様にぴったりとくっ付いていた。
「あーあ、どうして冬馬はそうやって俺の忍耐を試すのかなぁ。前から思ってたけど、冬馬って無自覚なの?それともわざとなの?」
大和からまるで攻略相手との駆け引きみたいな台詞を言われて、冬馬は文字通り凍りついた。
「…何言ってんの?無自覚って?大和の言ってることよく分かんないんだけど。ハ。ハハ、ハハハ。」
とってつけた様な冬馬の笑いが部屋に響いて、大和はクスッと笑った。
「本当に?俺は結構冬馬が気に入ってるけどね?普通なら直ぐに手に落ちてくるのに、冬馬は落ちそうで落ちてこないから気になるのかな?例えばほら、こうして…。」
そう言いながら、大和は大きな手で冬馬の弱い腰を絶妙な力加減で摘んだ。途端に悲鳴に似た何処か艶かしいうめき声が冬馬の喉から飛び出て、大和は嬉し気に囁いた。
「ね?いつも思うけど、冬馬って見かけより細いよね。それに知ってた?こうしてくすぐったいのって、相手に愛着がないとそう感じないって。冬馬のくすぐったいのって一体何処までそうなんだろうね。」
いつもの爽やかさが微塵も感じられない熱の籠った大和の掠れた声に、冬馬は逃れようと必死になった。何だか凄くやばい気がする。けれども弱い腰を掴まれているせいで力が入らない。
調子に乗った大和は抱え込んだ冬馬の胸元を、シャツ越しに指先で探りながら撫で下ろした。
大和が今までもこうして冬馬をくすぐって来た経緯のせいなのか、冬馬の身体は妙に反応してその強い刺激に身体を震わせた。
「…っ!や、やめろって!あっん…!」
自分でもびっくりする様な声が出てしまった事に驚いて、冬馬は恥ずかしさもあって服越しに胸のてっぺんを摘む大和の手から逃れようと馬鹿みたいに必死になった。不意に大和の拘束していた力が緩んで、冬馬はよろめいて床に尻餅をついてしまった。
「ごめん、ごめん。そんなに腰砕けになるほど気持ち良かった?やっぱり思った通り、冬馬って敏感な身体してるよね。いつも強がってるけど冬馬は可愛いよ。…とは言えこれ以上同意なしでやったら嫌われそうだから、我慢するかな?
冬馬は俺に興味ない?ふふ、俺結構上手いよ?」
そう言いながら大和は冬馬から一歩下がった。
目の前の大和のズボンが少し膨らんでいる気がして、冬馬は驚きと言いようのない感情が湧き上がって思わず顔を逸らして立ち上がった。大和の顔を直視する自信はない。
「…何か勘違いしてるんじゃないの?俺が可愛いとかそんな訳ないじゃん。色々勘違いだよ。…俺先に出るから。」
空き教室から出て振り返らずに歩き出した冬馬の心臓は、今やドキドキと暴れ回っていた。自分は彼ら攻略対象とのラブラブゲージを上げる様なシチュエーションに陥ってしまっている。
そして明らかに大和が興奮していたのを見て、どこか自分の中に喜びの様なものを感じてしまったことにも恐怖した。モブキャラの癖に攻略対象にその気になってしまうなんて、事実じゃないと思いたかった。
胸の先がジンとしている事を考えない様にしながら、冬馬は顔を顰めて足早に歩き続けた。
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