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次々に明かされるもの
真琴は経験のない自分に指導しただけ。一晩掛けてまともに言い訳できる考えに冬馬は縋りついた。自分が欲望に弱いだとか、男である真琴からのキスに溺れただとか、それ自体全然抵抗が無かったとか、ここはボーイスラブの聖地だとか、広がっていく懸念を受け止めるよりはマシだった。
けれど真琴と顔を合わせない様にと少しでも早く出ようとした部屋の前に、がたいの良い真琴の姿を見た時、冬馬は顔を引き攣らせてしまった。
「…朝食の時に冬馬見なかったから心配になってさ。大丈夫?」
心配そうに冬馬を窺う真琴を振り切る程、二人の親友期間は短く無かったし、動揺している自分を見せたくは無かった。あれは指導だ。特に意味はない。そう心の中でぶつぶつ言いながら、冬馬は殊更にっこり笑った。
「ああ、寝坊しちゃって。プロテインバーで済ませちゃったんだ。親友に無駄に心配かけるなんて、メッセージ送れば良かったな。」
そんな冬馬を覗き込む様にして、真琴はあの絡みつく様な視線を向けて囁いた。
「俺とのキスが良すぎて眠れなかったとか?俺は冬馬の強請る様なあの顔で興奮しちゃって、寝不足だけどな?」
自分でも顔が熱くなるのを自覚して、冬馬は聞こえないふりでさっさと廊下を歩き出した。後ろで笑い声を忍ばせる真琴が憎たらしい。こんな反応するのを面白がって言ったに違いないと冬馬は振り返った。
けれど、予想に反して真琴は真面目な顔で冬馬に近づくと、指先をそっと触れ合わせて言った。
「冬馬がどう思ったかは分からないけどさ、俺真面目に冬馬と親友以上になりたいって思ってる。今までそう言わなかったのは、自分でも何で冬馬に執着してるのか良く分からなかったからだけど…。
ま、とりあえずこの話は置いておこう。行こうぜ。」
そう言うと、真琴は先に立って歩き出した。寮生達が廊下に溢れて学校に向かう人いきれの中、冬馬は人より少し高いそのパーマヘアの後頭部をじっと見つめた。
今、何気に告られたのか?それとも肉体的親友になりたいって言ったのか?恋愛に関して経験のない、男子校で純粋培養された冬馬には一体どうしたら良いのか分からなかった。
だから真琴の棚上げしてくれたその言葉に乗って、小さくため息をつくと周囲の見知った生徒達と挨拶を交わしながら校舎へ向かった。
「じゃあな、冬馬。ちゃんと良い子にしてるんだぞ。」
そう言ってニヤリと唇を引き伸ばした真琴は、自分の教室へと立ち去った。丁度隣に立っていた村田が、チラッと冬馬の顔を見て肩を叩いた。
「なんだ冬馬、ついにロックオンされたのか?橘って、昔から冬馬の影みたいに付き纏ってただろ?その割に冬馬の好き勝手にさせてたから、そっちの話じゃないんだと思ってたんだけど。そーか。なるほど。」
訳知り顔のいかにもな柔道部な村田に、冬馬は目を見開いた。
「え。真琴って俺の影みたいだったってどう言うこと?普通に友達だっただろ?」
村田は一瞬の間の後、ニヤリと笑って冬馬を引き寄せて小声で囁いた。
「お前の側にはいつも橘ありだったぞ。クラス違っても関係無かっただろう?俺たちは橘父さんって影で呼んでたくらいだ。過保護だったからなぁ。まぁ冬馬は全然気にして無かったし、橘もだからと言って冬馬を束縛したりしてた訳じゃないからさ。
でもあの言い方だと、これからは違うかもなぁ。ご愁傷様。」
教室に入る村田の後ろ姿を見つめながら、冬馬はしばし呆然としていた。真琴はずっと親友だった。いつだって側にいた。親友なら、当たり前だろ?村田が変な事言うからちょっと驚いただけだ。
整理のつかない胸のざわめきを感じながら、ホームルームは始まった。
「はい、皆おはよう。今日は転校生を紹介するぞ。先月まで海外に居たせいでこんな時期になったんだが、あちらの国の姉妹校出身だから直ぐに馴染めると思うぞ。色々教えてやってくれ。徳永君、入って来なさい。」
少し遅れてきた担任のその言葉のすぐ後に、教室に入って来たのは線の細い感じの綺麗な男子だった。教室がザワリと色めき経つほどに、繊細な顔にさらりとした長めの黒髪が花を添えていた。
「徳永 玲です。日本には二年振りに帰国しました。よろしくお願いします。」
冬馬は転校生の名前を耳にした時から、心臓がドクリと騒いだ。ああ、彼は主人公だ。《白薔薇学園の箱庭》の。
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